ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 暖房の効いた車内に、単調な走行音が響く。
 並んで座るシート。冷え切ったコート越しに、微かな熱がじわじわと伝わってきた。

 向かうのは彼の家。
 お父さんは単身赴任、お母さんは看護師で夜勤もあり、両親が不在がちなその部屋にお邪魔するのは三度目だった。

『今日、何観たい?』

 ぽつりと落とされた声。
 薄暗い部屋で肩を並べて映画を観るのが、いつもの過ごし方だった。

 一度目は、甘い恋愛映画。
 画面越しのラブシーンに目のやり場をなくしていると、隣から面白がるような視線を感じた。

 二度目は、ホラー映画。
『怖いのは苦手』というハルの嘘を真に受けて選んだら、結局、私だけが怯える羽目になった。
 彼の服の袖を強く握りしめる私を横目に、満足そうにしていた。

『マナ? 聞いてる?』

 ハルの問いかけに答えず、車窓を流れる雨粒を目で追いながら、尋ねた。

『……さっきの子、元カノ?』

 電車の揺れる音が、やけに大きく聞こえる。
 彼は、少しだけ驚いたように私を見た。


『へー。マナって、そういう勘あるんだ』


 悪びれない、落ち着いた声だった。

 彼女の微笑み。そして、二人の間に一瞬流れた、あの空気の理由。
 それらが私の中で、ひとつの結論に繋がっていく。

 私は、中学時代に一人だけ彼氏がいたことがあるけれど、手を繋ぐ程度のライトな付き合いだった。
 一方のハルは、二人きりになると、こちらのペースなんてお構いなしに遠慮なく手慣れた様子で触れてきていた。


 彼はきっと――あの子とも、そういう関係まで進んでいたのだ。


 そう察した瞬間、胸の奥が冷たい雨粒に打たれたように、ひやりと痛んだ。