ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


「…………」

 顔半分を枕に埋めたまま、スマートフォンの液晶を点した。
 画面の端に表示された時刻は、二十二時前。
 ハルからの通知は、特にない。

 彼は今夜、高校の同窓会に出かけているのだ。

 今頃、二次会にでも向かっているのだろうか。
 そんな思考がかすめた瞬間、胸の奥に雲が広がった。


 先月の、記念日の夜のことが蘇る。

 ディナーを楽しんでいたお店で、偶然、専門学校時代の男友達に会った。
 卒業後も複数人で何度か集まっていたけれど、本当にただのクラスメイトで、数回食事をしただけの関係。

 それなのにハルは、激しい不快感を露わにした。

 言葉もなく腕を引かれ、なだれ込んだホテルのベッド。
 有無を言わせない強引な抱き方には、彼の独占欲が滲んでいた。

 それなのに。

『今日の夜、俺、いないから』

 今朝、彼は端正な笑みを浮かべながら、改めてそう報告してきた。
 その集まりには――『元カノ』もいるとのこと。

 昔、一度だけ見かけたことがあるけれど。
 独特の透明感を纏った子だった。

 あんなに私のことを縛り付けておいて、自分は元恋人のいる場所へ、何食わぬ顔で出向いていくなんて。
 私も私で、文句のひとつでも言えばいいものを、またしても平気なふりをしてしまった。

「……なによ。あのワンマン夫」

 湿った夜気に吐き出された声は、誰に届くこともなく消えた。