ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 別れを切り出したのは、俺だった。

 専門学校を卒業し社会人になったマナと、大学生になった俺。
 明確にズレていく生活スタイル。
 忙しいはずなのに、お酒の付き合いなどに律儀に顔を出す彼女に、学生の俺は苛立って仕方がなかった。

 ただ、試すつもりだった。

 いつも「年上だから」と余裕のある態度で、甘えも、嫉妬も、我儘も言わないマナ。
「別れたくない」と、泣いてすがってほしかった。
 気持ちは同じだって、確かめたかった。

 けれど――。

『わかった』

 そう言って力なく微笑むだけで、あっさりと手を離した。
 愚かな期待や自尊心は、粉々に砕け散った。

 それからの日々は、まるで色のない水槽の底に沈んでいるようだった。
 誘われるがまま誰かと遊び、流されるように付き合い、無意味な時間を消費しても、心は凍りついたまま血が通わない。

 別れを拒まなかった彼女のことも、切り出した自分自身のことも、心底恨んでいた。
 それなのに、行き場を失くした熱は一向に消え去ってくれなかった。

 連絡先を見つめたまま、いくつもの季節が虚しく通り過ぎていく。

 マナの中では「過去の幼い恋愛のひとつ」として綺麗に消化されているかもしれない。
 もし、それを突きつけられたら。
 想像するだけで、耐えられなかった。