ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

「美味しかったねえ」

 店を出た。
 あの後から互いに口数はやや減ったものの、料理も酒も満喫することができた。

「歩いて帰る?」

 振り返ったマナの長い髪が、初夏の夜風にさらりと揺れた。
 薄い雲から顔を出した月明かりが、彼女の肌を青白く照らしている。


 気がつけば、その細い手首を掴んでいた。


 そのまま、足早に歩き出す。

「ハル? どうしたの?」

 マナの戸惑う声が、アルコールの回った頭をすり抜けていく。

「……どこ行くつもり?」

 大通りから外れ、薄暗い路地裏へ足を踏み入れる。
 前方に浮かび上がる、けばけばしいネオンの看板。

「家に帰ってからで……いいんじゃない……?」

 俺の意図に気づいたのか、繋いだ手に微かな抵抗の力がこもった。

「無理」

 ただそれだけ言って、ひときわ暗い入り口の奥へと連れ込んだ。