ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 薄暗いペンダントライトが、磨き上げられた木のテーブルに柔らかい影を落としている。
 上品に漂うガーリックとハーブの香りが、少し開けられた窓から入り込む夜風と混ざり合っていた。

「結婚二年、おめでとうっ」

 火曜日。約束していた記念日ディナーの日。
 弾むようなマナの声で、二つのフルートグラスを合わせると、チリン、と涼やかなガラスの音が響いた。

 立ち昇るきめ細やかな泡が、黄金色の液体の中で微かな音を立てて弾けている。

 隣駅にあるお気に入りのバル。
 アンティーク調の家具が並び、普段足を運ぶ店よりもやや照明が落とされている空間は、二人のお祝いによく馴染んでいた。

「二年かあ。早いねえ」

 マナはそう言ってスパークリングワインに口をつけると、「あ、美味しい」と瞬きをした。

「ハルは、何食べたい?」

 メニューを手に取り、楽しそうに文字を追っている。

「マナ」

 向けられた瞳を逃さないよう、まっすぐ見つめながら言う。

 数秒の沈黙のあと、彼女は呆れたように息を吐いた。

「もう、ふざけないで」

「本気だけど?」

 自分のグラスを引き寄せ、爽やかなワインを一口含みながら、平然と返した。

 喉の奥に微炭酸の刺激を感じていると、マナは上目遣いにこちらを睨んできた。

「……昼間、食べたでしょーがっ」

 周囲の客の笑い声に紛れるほどの、小さな抗議。
 白いブラウスから覗く首筋が、ほんのりと赤く染まっている。

 カーテンの隙間から差し込む午後の陽光の下、シーツの上で俺の手を握りしめる彼女が思い出された。

「夜はまだ、食べてない」

「え……夜も、するの?」

 静かに目を見開きながら、確認してくる。
 頬も熱を帯び始めたのは、アルコールのせいだけではないだろう。

「せっかく休み取ったのに、一回きりで終わるわけないから」

「…………」

 わざと低い声で告げると、マナは少しだけ唇を動かしたあと、言葉を失った。

 その指先から、そっとメニューを抜き取る。

 いまだこんなふうに恥じらう彼女に、つい口角が上がってしまうのを隠しつつ、通りかかったウェイター向けて小さく手を挙げた。