ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 澄んだ空に、月が高く浮かんでいる。
 その光の下、いい大人である男女がおんぶの図を晒していた。

 背中の重みは、時折もぞもぞと動いた。

「んー……ハル……?」

「背中で吐くなよ」

「……はあい」

 しばらく、意味を成さない呟きが耳元で続いていた。

 街灯の下を通り抜け、また暗がりへ入る。
 規則正しい自分の足音だけが、静かな道に落ちていた。

 それは、突然投げかけられた。


「ハルって……何人彼女つくってたのおー」


 思わず、足を止めそうになる。
 再会してから一度も、聞かれたことはなかった。

「……ハルー?」

「…………」

「ねえってばー」

「……一、二、三、四」

 ふざけて返すと、肩を軽くはたかれた。

 いつもなら、ここで『気になるんだ?』とでも畳みかけるところだ。
 でも――やめておいた。

 しばらく黙ったあと、口を開く。

「……そんなん、話さなくてよくね」

「…………」

 返事はない。

 代わりに、首元に顔を埋められた。
 そのまま、匂いを確かめるように、深く呼吸をしている気配がした。

 明かし合ったほうがいい、という考えもあるのだろう。
 だが、そんなことをしたところで、離れていた時間は埋まらない。

 誰かの隣で笑っていたマナが、輪郭を持ってしまったら。
 俺は、狂うかもしれない。

 視界が塗り潰され、今、一緒にいるマナが見えなくなるくらいなら。

 知らないほうが、いい。


 ずり落ちてきた身体を、腕に力を込めて担ぎ直した。

「……重っ」

「……はあー!?」