ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。【連載中】


「え、それ俺より結構後じゃん。やり直し」

「なに? やり直しって」

 その文句に思わず笑いながら、さらに過去の記憶を遡ってみる。
 彼といると、ドキドキすることも、キュンとすることも、最初からずっと数え切れないくらいあったと思うのだけれど。


 赤信号で車が停まる。

 フロントガラス越しに、テールランプやネオンが作り出す滲んだ光の粒たちを眺めながら考えていた、その時だった。


 目の前の光が遮られ――ふわりと、いつもの香りに包まれた。


 軽い音を立ててキスをしたハルは、乗り出していた身を運転席へと戻した。

「はい。マナの負けな」

「……なにがっ!?」

「今、キュンとしただろ」

「なんで!?」

「空気でわかんだよ」

 光に照らされたその横顔は、得意げに口角を上げていた。
 悔しいけれど、事実だから言い返す言葉が見つからない。

 さっき話していた、ゾンビゲームで遊んだ日の記憶と錯覚するようなデジャヴだ。


 あの日、ゲームセンターを出ると、吐く息が白かった。
 ビルの前に大きなクリスマスツリーが飾られていて、並んでそれを眺めていたら、突然、視界の光が遮られた。

 端正な顔が目の前にあることに気づいたのと同時に、静かに唇を重ねられていた。

『付き合おう』

 驚きと恥ずかしさで何も言えずにいた私は、その強い眼差しに――こくりと頷いたのだった。


 信号が青に変わる。

 ハルは滑らかな動作でアクセルを踏み込み、再び夜の街へと車を走らせた。