卒業まで、好きでした。

二月が近づくと、街は少しずつ甘い香りに包まれ始めた。

お店には色とりどりのチョコレートが並び、友達同士で「誰にあげるの?」なんて話をしている。

私は、その話題が出るたびに胸がどきどきしていた。

「今年のバレンタイン、敷戸先輩に何か渡そうかな……。」

そんなことを考えていたある日。

土曜講座が終わったあと、私は女性の先輩、佐伯永久に声をかけた。

「佐伯先輩。」

「どうしたの?」

「敷戸先輩って、甘いもの好きですか?」

永久先輩は少し考えるような表情をしてから、小さく笑った。

「好きだよ。でもね、卵アレルギーなんだ。」

「えっ……。」

思わず声が漏れた。

「だから、お菓子を作るなら気をつけてね。」

「教えてくださって、ありがとうございます。」

もし聞いていなかったら、普通のクッキーを作っていたかもしれない。

そう思うと、少し怖くなった。

家に帰ると、私はすぐにスマートフォンで調べ始めた。

『卵を使わないクッキー』

レシピを何度も見比べながら、必要な材料をメモする。

翌日、お母さんと一緒に買い物へ行った。

初めて作る卵なしのクッキー。

ちゃんと美味しくできるかな。

失敗したらどうしよう。

そんな不安を抱えながら、生地をこねた。

一回目。

焼きすぎてしまった。

「もう一回。」

二回目。

少し形が崩れた。

「まだ納得できない。」

何度も作り直し、ようやく「これなら渡したい」と思えるクッキーができあがった。

袋に詰めて、リボンを結ぶ。

手作りだから、見た目はお店みたいにはいかない。

でも、一つひとつに「美味しく食べてもらえますように」という気持ちを込めた。

迎えたバレンタイン当日。

講座が終わるまで、バッグの中のクッキーが気になって仕方なかった。

帰る準備をする先輩の姿が見える。

今しかない。

私は小さく深呼吸をした。

「敷戸先輩。」

先輩が振り返る。

「これ……。」

両手で包むようにして、小さな袋を差し出した。

「バレンタインです。」

先輩は少し驚いた顔をしたあと、優しく受け取ってくれた。

「ありがとう。」

その一言だけで、胸がいっぱいになった。

少しの沈黙。

私は意を決して口を開く。

「私……。」

鼓動がうるさいくらい響く。

「先輩のことが好きです。」

言えた。

ずっと胸の中にしまっていた言葉。

先輩は少し困ったように笑って、静かに首を横に振った。

「ありがとう。でも、ごめんね。」

その言葉は優しかった。

だからこそ、涙は出なかった。

「……はい。」

精一杯笑顔を作って答えた。

失恋した。

それでも、不思議と後悔はなかった。

ちゃんと伝えられたから。

家へ帰る道。

冷たい風が頬をなでる。

バッグの中は軽くなったのに、胸の中だけが少し重たかった。

それでも私は思っていた。

『先輩に、美味しく食べてもらえたらいいな。』

それだけで、少しだけ救われる気がした。