四つ葉の栞

春が過ぎ、夏が近づいていた。

美紗樹は最近、何度も聞き返すことが増えていた。

教室では友達の笑い声が遠く感じる。

駅のアナウンスも聞き取りづらい。

最初は疲れているだけだと思っていた。

でも、それは違った。

病院で医師から告げられたのは、「聴力が低下しています」という言葉だった。

治療を続けても、以前のように聞こえる保証はないという。

帰り道、美紗樹は診断書を鞄の奥へしまった。

――先輩には言えない。

心配をかけたくなかった。

本屋へ行くと、蒼はいつもと変わらない笑顔で迎えてくれる。

「富田さん、この前の本どうだった?」

美紗樹は口元を見ながら、必死に言葉を追う。

聞き取れなかったところは、笑顔でごまかした。

「すごく良かったです。」

本当は、全部聞こえたわけじゃない。

それでも、蒼の前ではいつもどおりでいたかった。

帰り際、蒼が言った。

「また、おすすめの本を用意しておくね。」

その声だけは、不思議とはっきり胸に残った。

(もう少しだけ…)

(もう少しだけ、この声を覚えていたい。)

美紗樹はそう願いながら、本を抱きしめた。