指先で君を覚えている

それから、五年が経った。

季節の流れは穏やかだったのに、二人の時間だけは少しずつ形を変えていた。

25歳になったそらは、もう白杖なしでは外に出られなかった。

それでも彼は、るみの隣で笑っていた。

“できないこと”が増えても、
“できるようになったこと”もあったからだ。



その日、そらは静かに決めていた。

るみに、何も言わずに外へ出る。

それは挑戦というより、小さな願いだった。

「一人で、どこまで行けるのか」

白杖を握る手は、少しだけ強くなっていた。

道は曖昧だった。

人の声を頼りに、駅へ向かう。

「すみません、この辺にジュエリーショップってありますか」

何度も聞きながら、少しずつ前に進む。

迷いながら、それでも諦めなかった。

そして、たどり着いた。

ガラス張りの店の前で、そらは一度だけ深呼吸をした。



店に入ると、静かな音楽が流れていた。

足元の感覚だけを頼りに歩く。

「いらっしゃいませ」

声の方向に顔を向ける。

そらは小さくうなずいた。

「指輪を……見せてもらえますか」

店員が少し驚いた気配を見せる。

それでも、すぐに対応してくれた。



冷たいガラスの上に並ぶ指輪。

そらは一つずつ、指で触れていく。

金属の冷たさ。

丸み。

重さ。

それだけで、十分だった。

「これ」

そらは迷わず言った。

「これにします」

店員が聞く。

「サイズは……」

そらは少しだけ笑った。

「わからないです」

でも続ける。

「でも、触ればわかります」

少し間を置く。

「覚えてるから」

その言葉は、誰に向けたものでもなく、確信だった。

るみの手。

その温度。

指の細さ。

全部、そらの中に残っている。



一方その頃。

るみは、病院の待合室にいた。

手は膝の上で静かに握られている。

2ヶ月、生理が来ていなかった。

ただのストレスかもしれない。

そう思いたかった。

けれど、確かめたかった。

妊娠検査薬の結果を見たあと、るみは一人で病院へ来た。

診察室の言葉は、静かだった。

「妊娠しています」

その一言だけで、世界の輪郭が少し変わった。



帰り道。

るみは外の光の中を歩きながら、何度も息を整える。

怖いわけじゃない。

でも、現実だった。

ひとりで抱えたままの、新しい命。



スマホを取り出す。

そらに言うべきか、迷う。

でもまだ言えなかった。

言葉にした瞬間、何かが壊れそうで。



夕方。

そらは家に戻る。

少し疲れた足取り。

でも、どこか満足していた。

るみの気配を探す。

「ただいま」

返事は、少し遅れて返ってくる。

「おかえり」

いつもと同じ声。

でも、少しだけ違う。



そらはまだ知らない。

るみが抱えているものを。

るみもまだ知らない。

そらが選んだものが、未来を変えるかもしれないことを。



静かな夜。

二人は同じ部屋にいるのに、
それぞれ違う“重さ”を抱えていた。