指先で君を覚えている

風が少しだけ弱くなった。

ベンチの上で、そらは黙ったまま、るみの気配だけを探していた。

るみは、まだ涙の跡が残るまま、それでもまっすぐに立っていた。

言葉にするのは、怖かった。

でも、もう逃げたくなかった。

「そらくん」

呼ぶと、そらの肩がわずかに動く。

るみは一度だけ息を吸って、言った。

「そらくんと、いたい」

間はなかった。

でも、急いでもいなかった。

ただ、落ちていくみたいに自然に続く。

「障害とか、そういうの……少し違うだけだと思う」

そらの指が、膝の上でわずかに動く。

るみはそれでも止めなかった。

「あなたがいいから、一緒にいるの」

声は震えていたけど、逃げていなかった。

「あなたが馬鹿にされてるのが嫌だから、とかじゃない」

そこだけ、少しだけ強く言う。

「そんな理由で好きになったんじゃないから」

風が一度だけ、二人の間を抜ける。

るみは一瞬だけ目を伏せて、それからまた顔を上げた。

「あなたがいいから」

言葉が、ゆっくり落ちていく。

「優しさも、笑い方も、全部含めて」

そらの喉が、小さく動く。

るみは続ける。

「忘れられるんじゃなくて……むしろ、忘れられない」

「あなたが好きだから」

そこで、一度だけ詰まる。

でも止まらない。

「大好きだから」

その一言は、ほとんど息みたいだった。

静かに落ちて、空気に溶けていく。

るみはそらのほうを見たまま、最後に言った。

「私は、私でいられるの」

その言葉が終わったあと、しばらく何も起きなかった。

そらは動かない。

るみも動けない。

ベンチの上に、時間だけが落ちているみたいだった。

やがて、そらがゆっくりと顔を上げる。

見えないはずの目で、まっすぐるみのほうを向く。

そして、小さく笑った。

でもそれは、いつもの“逃げる笑い”じゃなかった。

受け取るための笑いだった。

「……ずるいね」

そらはそう言って、少しだけ息を吐く。

「そんなふうに言われたら、もう戻れないじゃん」

るみは、涙をこらえたまま首を振る。

「戻らなくていい」

そらは少し黙ってから、静かに言った。

「じゃあ、俺も言う」

空気が少しだけ変わる。

そらは、ゆっくりと言葉を探してから。

「るみさんがいい」

「見えなくなっていくとか、そういうの関係なく」

一度止まる。

そして、少しだけ笑う。

「ちゃんと、隣にいたい」

その言葉は、告白というより、選択だった。



風がまた吹く。

でも今度は、冷たくなかった。

二人の間にあった“距離”は、もう少しだけ形を変えていた。