指先で君を覚えている

この物語は、「見えること」と「見えないこと」の差ではなく、そのあいだで人がどう誰かを選び続けるのかを描こうとしていました。

小鳥遊そらは、視力を失っていく中で世界を諦めた人ではなく、見えなくなっていく世界の中でも“残るもの”を必死に確かめ続けた人として描きました。触れること、覚えること、声を聴くこと。その一つひとつが、彼にとっての世界の輪郭でした。

如月るみは、支える側としてだけではなく、「誰かと生きることを選び続ける人」として存在しています。優しさだけでは届かない現実の中で、それでも言葉にして、手を伸ばして、関係を諦めなかった人です。

二人の関係は、特別な奇跡ではありません。
すれ違いも、不安も、選び直しもある中で、それでも離れなかった時間の積み重ねです。

この作品で描いた「愛」は、完成された形ではありません。
むしろ、不完全なまま続いていくことそのものを肯定するものです。

見えないことは欠けではなく、
触れることは代わりでもなく、
そして「一緒にいる」という選択は、いつも少しだけ勇気が必要なものとして置いています。

勿忘草という花をこの物語の題にしたのは、忘れないためではなく、「忘れそうになる日々の中で、それでも思い出そうとすること」が人をつなぎ続けると考えたからです。

思い出すことは、過去に戻ることではなく、今を選び直すことでもあります。

この物語が、誰かの中で静かに残り続けるものになっていたなら、それ以上のことはありません。



『指先で君を覚えてる』
ここで、一度閉じます。

⸻詩月麗