自分の宿に戻った僕の部屋は二階にある。窓から外の道を見下ろした。
おかしい。
朝食はいつも一緒の場所に愛しいミキは来なかった。
昨夜、ミキの宿に行ったものの、衝撃的な出来事ですごすごと自分の宿に戻ったが、結局、自分のふがいなさに打ちひしがれて朝方近くまで眠れずに過ごした。
そして朝、いつもの待ち合わせの朝食の店にミキは来なかった。
そして昼食も。何も連絡がないまま夕方になってしまった。
僕はこれから仮眠を取り、夜にもう一度、ミキの宿に行って問い質そうと思った。
ブラッコスさんと付き合うのか。
僕は距離を置いた方が良いのか。
僕とのパーティ・ペアを解消するのか。
様々な事を思い浮かべながら、また主に将来を悲観しながらベッドの毛布にくるまった。目をつぶれば生まれた村からの楽しい思い出がよみがえる。それは心の痛みを少しだけ和らげてくれた。
◇
うっかり寝坊して深夜、目が覚めてから服を着て支度を整えミキの宿へ向かおうとした時、窓の下で誰かが歩いているのが見えた。一人二人ではなく、かなりの人数だった。周囲が暗いため前部は見渡せないが数十人は各所から出てフラフラと何処かへ向かって歩いているようだった。
(なんだろう、こんな夜中に。しかもパジャマの女の子まで歩いているぞ)
宿の真下を歩いた女性が備え付けられている街灯に照らされてハッキリ見えた。顔は青白く、まるで話に聞く夢遊病者の様相をしていた。
(あ、宿のオジサンまで出て行ってる。お祭りとは違うっぽいな)
その時タープは、セイレーンとかカミーラとか不思議な童話に出てくる魔女のスキャットのような歌声が小さく聞こえていることに気がついた。
奇麗な声が延び、妙な魅力がある女性のスキャット。ずっと聞いていると頭に異常を感じる。
この奇麗な声に村人たちが誘われている……魔物襲来……なのか?
すぐに部屋を出て階段を降りフロント前を通って玄関へと進んだ。ミキのことも心配だし、冒険者の一人として何かの役に立つかもしれないと考えたからだ。
玄関から外に出て、フラフラ歩いているお婆さんに声を掛けてみた。
『……』
返事はなかった。こちらを見ようともしない。お婆さんの顔は、今が明るければ青白いだろうと思われた。意志というものが無くなった印象だ。
(どうしたんだろう。住人が全員、夢遊病者にでもなったようだ)
住人たちは北のエリアにある場所へ向かって進んでいた。
一緒になって歩いていくと櫓が見えた。昨日まではなかった気がする。簡易的に作られたものだろう。まるで盆踊りの櫓みたいであった。しかも現在進行形で大人の男性たちが木の棒などで補強をしているのが見える。
やぐらの背後には町を護る背丈二倍の中規模の壁があり、手前には浅い小川が流れている。子供の膝ぐらいの深さなので、普段は子供たちが魚やカニを捕って遊ぶ、のどかな小川だった。
その奇麗な水をたたえた川の半分ぐらいまで住民たちは進んで止まっていた。
(やぐらの上にいるのは……ミキ!? どうしてあんな場所に……そして両隣にはブラッコスさんとシローキさんも! ブラッコスさん達まで……何をしているんだ)
僕も他の住人に混じって川の中央付近まで進んで止まった。気候はやや暑くなってきた頃で、水がひんやり気持ち良かった。
右隣に川を進んできた若い女性が止まった。顔を見ると冒険者ギルドの食堂兼酒場のウェートレスであるネコミミ女史であった。彼女を特徴づけているメガネをかけていなかった。
思わず声を掛けてみる。
「あ、こんばんは」
『……』
やはり返事はなかった。僕の声にピクリとも反応しない。
ネコミミ女史さんも他の住人達と一緒で、うつろな目で櫓を見上げてじっとしている。
(どうして僕だけが正気を保っているのだろう?)
奇麗な女性のスキャットの元はミキが発していた。
◇
何が起きるのか分からないまま様子を窺っていると動きがあった。
住人が列をなして階段を上がり櫓の舞台にあがるとブラッコスとシロークスの側に寄り一人一人の首筋に口を寄せられた住人は、みるみる顔色を失い、ふらつきながら櫓を降りていく。
(こ、これは……!)
すると声が頭の中に直接響いた。ミキの声だ。
(逃げて……)
(今の……ミキ? いや、幻聴か? えっ? ミキの声か、テレパシー? そんなスキルは持っていなかった筈、冷静になれ僕、そもそも本当にミキの声か、今の異様な雰囲気に飲まれた錯覚や幻聴なのかも)
じっとミキの方を見上げて様子を観ると、僕の方をミキが見た。視線が合う。
(タープ、皆に気づかれないように逃げて……早く逃げて)
やはり聞こえた。間違いない。
タープは異様な状況に対して危機感を持っていた。その為に肌で感じた脅威をミキが教えてくれたのだと察知した。
しかし周囲は住人が集まって立っており、川の中まで進んでいる為に歩き出すと水が跳ねたりして目立つ。光は櫓を中心に明かりが灯っており充分に見渡せるレベルだ。
(見つからないように早く脱出しよう)
とりあえず冒険者ギルドか、指名依頼のための指定宿に行くか、誰か上級冒険者がいるだろう。丁度、聖女ミズハさんたち勇者パーティが滞在している筈だ。
女神ハル様の身内であられる、人の姿をした神様である勇者パーティ。
きっと大丈夫。
一刻も早く、この異常を伝えなければならない。考えるのは後にしよう。
おかしい。
朝食はいつも一緒の場所に愛しいミキは来なかった。
昨夜、ミキの宿に行ったものの、衝撃的な出来事ですごすごと自分の宿に戻ったが、結局、自分のふがいなさに打ちひしがれて朝方近くまで眠れずに過ごした。
そして朝、いつもの待ち合わせの朝食の店にミキは来なかった。
そして昼食も。何も連絡がないまま夕方になってしまった。
僕はこれから仮眠を取り、夜にもう一度、ミキの宿に行って問い質そうと思った。
ブラッコスさんと付き合うのか。
僕は距離を置いた方が良いのか。
僕とのパーティ・ペアを解消するのか。
様々な事を思い浮かべながら、また主に将来を悲観しながらベッドの毛布にくるまった。目をつぶれば生まれた村からの楽しい思い出がよみがえる。それは心の痛みを少しだけ和らげてくれた。
◇
うっかり寝坊して深夜、目が覚めてから服を着て支度を整えミキの宿へ向かおうとした時、窓の下で誰かが歩いているのが見えた。一人二人ではなく、かなりの人数だった。周囲が暗いため前部は見渡せないが数十人は各所から出てフラフラと何処かへ向かって歩いているようだった。
(なんだろう、こんな夜中に。しかもパジャマの女の子まで歩いているぞ)
宿の真下を歩いた女性が備え付けられている街灯に照らされてハッキリ見えた。顔は青白く、まるで話に聞く夢遊病者の様相をしていた。
(あ、宿のオジサンまで出て行ってる。お祭りとは違うっぽいな)
その時タープは、セイレーンとかカミーラとか不思議な童話に出てくる魔女のスキャットのような歌声が小さく聞こえていることに気がついた。
奇麗な声が延び、妙な魅力がある女性のスキャット。ずっと聞いていると頭に異常を感じる。
この奇麗な声に村人たちが誘われている……魔物襲来……なのか?
すぐに部屋を出て階段を降りフロント前を通って玄関へと進んだ。ミキのことも心配だし、冒険者の一人として何かの役に立つかもしれないと考えたからだ。
玄関から外に出て、フラフラ歩いているお婆さんに声を掛けてみた。
『……』
返事はなかった。こちらを見ようともしない。お婆さんの顔は、今が明るければ青白いだろうと思われた。意志というものが無くなった印象だ。
(どうしたんだろう。住人が全員、夢遊病者にでもなったようだ)
住人たちは北のエリアにある場所へ向かって進んでいた。
一緒になって歩いていくと櫓が見えた。昨日まではなかった気がする。簡易的に作られたものだろう。まるで盆踊りの櫓みたいであった。しかも現在進行形で大人の男性たちが木の棒などで補強をしているのが見える。
やぐらの背後には町を護る背丈二倍の中規模の壁があり、手前には浅い小川が流れている。子供の膝ぐらいの深さなので、普段は子供たちが魚やカニを捕って遊ぶ、のどかな小川だった。
その奇麗な水をたたえた川の半分ぐらいまで住民たちは進んで止まっていた。
(やぐらの上にいるのは……ミキ!? どうしてあんな場所に……そして両隣にはブラッコスさんとシローキさんも! ブラッコスさん達まで……何をしているんだ)
僕も他の住人に混じって川の中央付近まで進んで止まった。気候はやや暑くなってきた頃で、水がひんやり気持ち良かった。
右隣に川を進んできた若い女性が止まった。顔を見ると冒険者ギルドの食堂兼酒場のウェートレスであるネコミミ女史であった。彼女を特徴づけているメガネをかけていなかった。
思わず声を掛けてみる。
「あ、こんばんは」
『……』
やはり返事はなかった。僕の声にピクリとも反応しない。
ネコミミ女史さんも他の住人達と一緒で、うつろな目で櫓を見上げてじっとしている。
(どうして僕だけが正気を保っているのだろう?)
奇麗な女性のスキャットの元はミキが発していた。
◇
何が起きるのか分からないまま様子を窺っていると動きがあった。
住人が列をなして階段を上がり櫓の舞台にあがるとブラッコスとシロークスの側に寄り一人一人の首筋に口を寄せられた住人は、みるみる顔色を失い、ふらつきながら櫓を降りていく。
(こ、これは……!)
すると声が頭の中に直接響いた。ミキの声だ。
(逃げて……)
(今の……ミキ? いや、幻聴か? えっ? ミキの声か、テレパシー? そんなスキルは持っていなかった筈、冷静になれ僕、そもそも本当にミキの声か、今の異様な雰囲気に飲まれた錯覚や幻聴なのかも)
じっとミキの方を見上げて様子を観ると、僕の方をミキが見た。視線が合う。
(タープ、皆に気づかれないように逃げて……早く逃げて)
やはり聞こえた。間違いない。
タープは異様な状況に対して危機感を持っていた。その為に肌で感じた脅威をミキが教えてくれたのだと察知した。
しかし周囲は住人が集まって立っており、川の中まで進んでいる為に歩き出すと水が跳ねたりして目立つ。光は櫓を中心に明かりが灯っており充分に見渡せるレベルだ。
(見つからないように早く脱出しよう)
とりあえず冒険者ギルドか、指名依頼のための指定宿に行くか、誰か上級冒険者がいるだろう。丁度、聖女ミズハさんたち勇者パーティが滞在している筈だ。
女神ハル様の身内であられる、人の姿をした神様である勇者パーティ。
きっと大丈夫。
一刻も早く、この異常を伝えなければならない。考えるのは後にしよう。



