死の呼び声

 突如大切な人を奪われたらどう思うだろうか。
 しかも何の前兆もなく心変わりしたかのような雰囲気。

 僕は長々と恋心を持っていた幼馴染のミキという愛しい女性が、夜にイケメン男性の二人に挟まれて冒険者ギルドから外へ出たのを嫉妬の目で追っていた。しかし、僕は「彼らと一緒に行くな」と彼女を奪い返すこともせず、見送る事しかできなかった。

 後悔していた。とても。

 あれから数時間経っただろうか。冒険者ギルドから自分の宿に戻った僕は、彼女たちがギルドが用意した宿に行って、彼女が新しい恋に染まっていくのを防止できないか考えていた。

 情けなかった。うじうじしているだけで数時間も費やしてしまった。

 今からミキが宿泊している宿に行って、彼女を呼び出し、二人で過ごすことはできないだろうか。いや、幼馴染として一緒に過ごすのが普通だった僕からすれば何の変哲もない宿の訪問だ。無問題と思える。

「今日は疲れたよね、マッサージでもしてあげようか」

 こんな風に声を掛ければいつも通り。そうだ、そうしよう。

 そんなことを想っている僕に、ハタとある思いが込み上げる。

 時間は随分進んだが、もう既に彼女はあの男たちとふしだらな関係になっているかもしれない。何をノンビリ思考しているんだ僕は。大切な幼馴染である彼女を一緒に宿に行く光景を見ていながら、何もない等とどうして考えることが出来るのだろう。鈍感にもほどがあるだろう。

 僕は思考を遮り、ベッドから起き上がった。そして外出の支度をする。

 冒険者ギルドの指名依頼を受ける中上級冒険者専用の宿は知っている。僕はD級冒険者だから宿泊したことはないが、ミキはB級なので時々別れて宿泊していた。

(やっぱり行こう。間に合わなかったら後悔する。一生、引きずってしまう)

 ◇

 中上級冒険者専用宿についた。立派な宿である。

 僕は正面の入口から中に入る。大きなロビーがあり、受付がある。もうすぐ深夜だというのに受付嬢が数名いた。

『いらっしゃいませ。何か御用でしょうか。私が承ります』

「あ、あの、B級冒険者のミキの呼び出しをお願いしたいです。僕は幼馴染でペアでパーティを組んでいます。D級冒険者のタープと申します」

 冒険者カードを見せると、表に出ないように怪訝な顔をしていた受付嬢が安心した感じで応対した。

『はい、ミキさんですね、少しお待ちください』

 そう言って、受付嬢は内線をかける。部屋への直通魔法電話なのだろう。

『出られませんね……すみません』

 こんな女の子でも、この宿で働くためにはC級冒険者以上だ。宿泊者の安全を確保する為、職員は可能な限りキャリアのある冒険者が採用されている。家庭の事情で戦えなくなった冒険者、心が折れたけれどいざとなれば戦える冒険者、様々な人材が働いているのだ。

「そうですか、それならA級冒険者のシローキさんは……お願いできませんか?」

『少しお待ちください』

 彼女はシローキの部屋にも連絡を入れた。呼び出し音がかすかにこちらにも聞こえている。

『出られませんね……』

「そ、そうですか……」

 想定外だった。まさか、ミキはクロッコスの部屋にいるのではないだろうか?

『あ、出られました。……こんばんは。夜分恐れ入ります。受付にタープ様と言われる方がお越しになられていらっしゃいますが』

『……(ボソボソ)』

 会話の声は聞き取れなかった。

『はい、承知しました。タープさまと魔法電話を代わります』

 通信装置の端末を僕に渡す受付嬢。何となく繋がって良かったという顔をしていた。

「あ、僕です。タープです。あの、ミキに連絡がつかず、シローキさんに伺おうと思って……」

『ああタープ君か。えっとミキちゃんなら、ブラッコスの部屋で二人で飲んでいる筈だよ』

「え”……」

『えっとミキちゃんはブラッコスの部屋にいると思うよ』

「こ、こんな夜中まで、ですか?」

『うーん、夜遅いし、もう解散したんじゃないかな。フロントからミキちゃんの部屋に連絡してみたかい?』

「もちろんです。シローキさんより先に連絡入れましたが、ミキは不在のようで……」

『ああ、それなら未だ飲んでいるんだろう。この後でフロントから直通の魔法電話で部屋につないでもらえばいいよ。まぁ二人きりだから邪魔しちゃ悪いとは思うけどね』

「……」

『うん? タープ君、どうした』

「あ、すみません。これからブラッコスさんの部屋に連絡してみます」

『ああ、そうしてよ。あまり若い二人の邪魔はしないようにな』

 彼は笑いながらおじさんみたいな台詞を言う。こちらとしては気が気じゃないのに。僕がミキのことを長々と片想いをしているなんて知らないのだろうけど、心が抉られるようだ。

「教えて頂いて、ありがとうございます。おやすみなさい」

『ああ、おやすみ』

(ふぅ、何だか嫌になっちゃったな……)

 急に項垂れた僕を見て、フロントの受付嬢はどうしたものかと考えていた。
 そしてブラッコスの部屋へと通話をし始めた。

『あの、お休み中、申し訳ありません。フロントですがタープ様と仰られる方がお見えになられていまして、はい、おつなぎしてもよろしいでしょうか?』

『……ボソボソ』

『はい、承知しました。夜分、申し訳ございませんでした。では、タープ様とお代わりいたします。失礼いたします』

 そう話した受付嬢は僕に端末を渡してきた。顔はようやく仕事が終わったという感じで微笑んでいた。

「もしもし……タープですが、ミキがどこにいるか心配で……」

 話し始めたとたんに、なんとミキ自身が電話に出た。

『あ、タープ? 私。今ね、ブラッコスさんからA級冒険者に昇格するコツなどを教えて貰っているんだ』

「あ、ミキ、良かった、大丈夫?」

『大丈夫って何よ? 失礼しちゃうわ。私、A級冒険者になるために勉強してるの。タープも知ってるでしょ? 私も頑張らなきゃと思って。タープあなたを養わなきゃだめだからね!』

「ちょ、ちょっとミキ、それは嬉しいけど、もう遅いし、二人っきりなんだろ? そろそろ勉強止めて寝ないと。夕方の調査の際に死ぬほどの目に遭ったよね? 大丈夫なのかい?」

『ま、待って。一気に話さないで。タープったら心配性ね。大丈夫だから。あっ、ちょ、ちょっと……、ブラッコスさん、だ、ダメ、……』

「み、ミキ! 大丈夫かい? なんか変じゃないか? 何かあったのか?」

『え、だいじょーぶよ、じゃ、他のお部屋の魔法電話だし、切るね。タープおやすみ。好きよ』

「あ、待って、まっ」(プチッ)

 え? え? え? えっ? えっっ?

 ちょっと、ミキ……。ブラッコスさん、だ、ダメ、って何? え? えっ?

 コーヒーカップが転げそうになって、ダメ、って声だよね?
 いや、きっとそうだ、そうに違いない。

 でも、通話……、一方的に切れたよね? 切れたよね……

 な、な、な、なんじゃこりゃぁ~!

 どうしてこんなことになったのだ。

 大切な幼馴染であるミキ、二人でずっと一緒だった。生まれた村から冒険者になるために出てきて、その結果が一方的な通話切れ。いくら僕が片想いで告白も出来ずに今まで来たという事を除いても、十数年の関係があっけなく消えてしまった気がして、十数年抱き続けた恋心が、音を立てて崩れ落ちていく気がした。

 受付嬢が同情するような眼でタープの慟哭する姿を眺めていた。

 ◇

 初めて経験する敗北感、嫉妬感、タープの初恋の相手であるミキに何があったのか。