短編集〜甘々、逆ハー、無自覚、美少女、ヤンデレ、独占欲、クール、いじめ、溺愛、嫉妬〜

 俺の名前は、ヤンマ。
 熱血そうだとよく言われるけれど、実際の俺は正反対だ。
 臆病で、人見知り。
 一人では何も決められないような性格をしている。
 背だけは男子の中でも高いほうなのに、中身はまるで頼りない。

 学校からの帰り道を歩いていた、その時だった。
 背後から誰かが近づいてくる気配がした。
「……誰?」
 振り返ろうとした瞬間、
 意識が真っ暗になる。

「……ここ、どこ?」
 目を開けると、見知らぬ部屋に寝かされていた。

 壁も床も木でできている。

 周りには大きな樽が何十個も並び、部屋全体がゆっくり揺れていた。

「船……?」
 まるで海賊船の中みたいだ。
 そんなはずはない。
 海賊なんて現実にいるわけがないのだから。

 俺は恐る恐る立ち上がる。
 体はどこも縛られていない。
 監禁なら縄くらい使うはずなのに、それもない。

 本当に誘拐されたのか……?

 状況がまったくわからない。

 それでも、このまま誰かを待つより逃げたほうがいい。

 そう思った時だった。
 ギシ……ギシ……
 木の床を踏む足音が近づいてくる。

「誰か来る!」
 俺は慌てて身を隠そうとした。
 樽なら隠れられるかもしれない。

 一つ目を開ける。
 中には酒。

 二つ目。
 今度は金貨や宝石がぎっしり詰まっていた。

「なんで樽の中に宝石が……ゲームみたいだ……」

 三つ目も荷物でいっぱい。

 四つ目で、ようやく空っぽの樽を見つけた。
「助かった!」
 俺は急いで中へ入り、ふたを閉める。

 その直後だった。
「ヤンマちゃーん、起きたー?」
 知らない男の声が聞こえた。
 どうして俺の名前を知っているんだ?

「ヤンマちゃーん、いるなら返事してー」
 返事なんてできるわけがない。

 そもそも、「ヤンマちゃん」なんて呼ぶ知り合いはいない。

 学校でも家でも、「ヤンマ」か
 「ヤンマ君」としか呼ばれたことがない。
 この声の主は、
 一体誰なんだ。

 ギシ、ギシ……
 足音がどんどん近づいてくる。

 お願いだから、見つからないでくれ……。
 そう願った次の瞬間。

「みーつけた♪」
 樽のふたが勢いよく開いた。

 目の前には、
 白い肌をした細身の男が立っていた。
 突然の出来事に、
 俺は悲鳴すら出せなかった。

「ヤンマちゃん、心配したのよ~」
 男は女性のような口調で微笑む。

「……ここは、どこですか?」
「そんなに敬語を使わなくてもいいのに」

 質問には答えず、
 男は楽しそうに笑う。

「どうして俺の名前を知ってるんですか?」
「それは……まだ秘密♪」
「秘密で済ませないでくださいよ!」
 俺は思わず声を荒げた。

「俺は突然知らない場所で目を覚ましたんですよ!」
「知らない場所だなんて失礼ね。」
 男は肩をすくめて笑う。

「ここは異世界よ」
「……異世界?」
 そんなもの、本当に存在するのか。
 頭がついていかない。

 すると男は、にっこり笑って言った。
「これからは、この世界で暮らしてもらうわ」

 その笑顔は冗談には見えなかった。
 俺の平凡な日常は、この瞬間、終わりを告げた。