短編集〜甘々、逆ハー、無自覚、美少女、ヤンデレ、独占欲、クール、いじめ、溺愛、嫉妬〜

 桜が静かに舞っていた。

 私は鏡の前で、新しい制服の襟を整える。

「似合ってる」

 ペングウィーノがベッドの上から言った。

「……そうかな?」

「うん。
高校生って感じがするぞ」

 私は少しだけ口元を緩める。

 制服なんて、12歳の時以来だった。

 あの日は家が燃えて終わった。

 だから、この制服は私にとって"やり直し"だった。

「行ってくるわ」

「無理だけはするでないぞ」

「分かってるわよ」

 私は校門をくぐった。

 不安と緊張があった。

 私は学校に来たかったんだ。

 普通を知りたかった。

 教室。
 先生が出席を取っている。

 私は窓際の一番後ろ。

 なるべく目立たない場所を選んだ。

「じゃあ自己紹介」

 順番に名前が呼ばれていく。

 私の番。

鈴木(すずき)……です。」

 私は第二どころか、
 第三の人生を歩むことになる。

 昼休み。
 私は一人で屋上へ向かった。

 風が気持ちいい。

「やっぱり一人か」

 突然、後ろから声。


「……!」

 そこに立っていた男子は驚いていた。

 黒髪。

 整った顔。

 無表情。

「悪い」

 彼は苦笑した。

「そんなに警戒しなくても・・・」

 私はゆっくり腕を下ろす。

「何かしら?」

「鈴木さん」

 その名前を呼ばれて心臓が止まりそうになった。

「……誰ですか」

「覚えてないか」

 彼は少しだけ寂しそうに笑う。

「アユト。
幼稚園の頃、一緒だった」

 そんなこと言われても、
 幼稚園の頃なんてあまり憶えてなかった。

「これで思い出すかな?」

 優しく頭を撫でてくれた男の子。

「……アユト君?」

「久しぶり」

 私は言葉が出なかった。

 放課後、
 二人で帰ることになった。

「ずいぶん変わったな」

「そう?」

 少し沈黙。

「鈴木さん」

「その時の私の苗字は、佐藤だったはずよ」

「俺、能力で人の歴史がわかるんだ」

 私は止まる。
 能力って、わかるってどういうこと?

 裏社会。

 ペングウィーノ。

 ベンデッタ。

 全部わかるの?

「…君のこと教えて」

「分かった。
後でね」

 私はこれ以上は追及しなかった。

 それが少し複雑だった。

 数日後。
 学校帰り。

 路地裏。

 数人の女性が誰かを囲んでいた。

「佐藤せりおだろ?」

「違います!」

 女子高生が泣いている。

「嘘つけ!」

 私は立ち止まる。

 心臓が凍る。

 あの笑い声。

 昔と同じ。

 川上。

 秋野。

 彩野。

 雪野。

 長野。

 大人になっても。

 変わっていない。

「違うって!」

 彼女は私ではない。

 ただ髪が短いだけ。

「……。」

 私は拳を握る。

 どうしようか戸惑った瞬間。

「何をしてる?」

 アユト君だった。

「警察は呼んだ」

 アユト君は静かに言う。

「もうすぐ来る」

 やがてサイレンが聞こえた。

 女たちは逃げていく。

 私はその場に崩れ落ちた。

 誰かが私のせいで。

 アユト君は何も言わず、
 ただ私の頭を抱き寄せた。

 夜。
「ペングウィーノ」

「どうした?」

「今日ね」

 私は全部話した。

 アユト君のこと。

 守られたこと。

 抱きしめられたこと。

 話し終わると。

 ペングウィーノは微笑んだ。

「ベンデッタ」

「ん?」

「よかったね。
わかってくれる人がいて」

「うん」

 心臓がうるさい。

 守られた時。

 温かかった。

 安心した。

 私はずっと、
 ペングウィーノからを守られることしか考えていなかった。

 誰かに守られるなんて、
 考えたこともなかった。

 翌日。
 アユト君が言う。

「鈴木さん」

「何かな?」

「今度の休みさ」

「うん」

「水族館、行かないか?」

 私は固まる。

 水族館。

 ペンギン。
 ペングウィーノみたいだった。
 泳いでるところ、
 見たことないけど。

 私は心の中だけで、笑った。

「もしかして、嫌だった?」

「いいえ」

 私は少し照れながら答えた。

「行くわ」

 その一言だけだった。

 でも、
 胸の奥で、
 長年凍っていた何かが、
 少しだけ溶け始めていた。