短編集〜甘々、逆ハー、無自覚、美少女、ヤンデレ、独占欲、クールいじめ、溺愛、嫉妬〜

 春の風が少しずつ暖かくなり始めた頃。
 真君は退院し、
 自宅療養を続けながら少しずつ元の生活へ戻ろうとしていた。

 学校へはまだ行けない日もあったけれど、
 ご飯もみんなと食べられるようになっていた。

 そんなある日の夕食。

「みんなに話があります」

 せーちゃんが、珍しく緊張した表情で席についた。

 言世さんと界さんは、どこか嬉しそうだ。

「何?」

 真君が首を傾げる。

 せーちゃんは、
 一度深呼吸した。

「私ね」

 にこっと笑う。

「結婚することになりました」

 その場の時間が止まった。

「……え?」

 一番に声を漏らしたのは真君だった。

「来月」

「えええぇぇぇ!?」

 今度は真君は叫んでしまう。

 食事中に、声がデカくなるな。

「来月!?」

「うん」

「早くない!?」

 せーちゃんは照れ笑いを浮かべる。

「実はね、
真が入院してる間に付き合い始めたの」

「……」

「お互い、この人しかいないって思えたから」

 界さんが笑う。

「相手は岸田君だ」

 言世さんもうなずいた。

「三十五歳で、
とても誠実な人なのよ」

「岸田……さん?」

「会社員。
昔から家族ぐるみで付き合いがあった人」

 真君は何も言わなかった。

 ただ、箸を置いた。

「真?」

 せーちゃんが心配そうに呼ぶ。

「……ごめん」

 それだけ言って、
 静かに席を立った。

 二階。

 部屋のドアが閉まる音だけが響いた。

 夜。
 私は廊下で立ち尽くしていた。

 ノックをする。

「真君」

 返事はない。

「入るね」

 静かに扉を開けた。

 真君は窓際に座り、
 夜空を見ていた。

「姉貴が結婚するんだって」

「……うん」

「来月にはいなくなる」

「うん」

 長い沈黙。

「家族って、
ずっと一緒にいるものだと思ってた」

 その声は、
 泣きそうだった。

「姉貴が結婚したら、
俺、一人になるのかな」

「それはどうかな」

 思わず口から出た。

 真君が振り向く。

「赤音ちゃん?」

 私は胸が苦しかった。

 もう逃げたくなかった。

 青葉ちゃんの時みたいに、
 何も言えず後悔したくなかった。

「真君」

「うん」

「聞いて」

 鼓動がうるさい。

 怖い。

 でも。

 今しかない。

「私は……」

 息を吸う。

「ずっと一緒にいる」

 真君は目を丸くした。

「え?」

「真君が騎士になるなら」

 一歩近づく。

「私は、その帰る場所になるって言ったよね」

「……うん」

「それは約束だから」

 真君は困ったように笑う。

「好きだから」

 その一言で、
 部屋が静まり返った。

「……え?」

「好き」

 もう止まらなかった。

「幼なじみだからじゃない」
家族だからでもない。
真君だから。

真君の笑顔が好き。

天然なところも、

誰かを守ろうとするところも、

騎士になりたいって言ったところも、

全部好き」

 私は笑った。

「ずっと一緒にいたい。」

 真君はただ、
 目を見開いたまま固まっていた。

 やがて、

「……赤音ちゃん」

 震える声だった。

「俺ね」

「うん」

「青葉ちゃんに告白したの」

「知ってる」

「あれね」

 苦笑いする。

「恋じゃなかった」

「え?」

「赤音ちゃんを好きだって気付くのが怖かったんだ」

 私は息をのんだ。

「姉貴が結婚するって聞いて」

 真君はゆっくり続ける。

「初めて分かった。
俺が失いたくない人は」

 一歩近づく。

「赤音ちゃんだった」

 真君は苦笑する。

「俺、今の俺じゃ駄目だ」

「え?」

「騎士になる途中だから」

 真君は微笑んた。

「赤音ちゃんを守れる男になりたい」

 昔の約束。

 小さな騎士。

 あの日の絵本。

「だから」

 真君は私の前に立った。

「少しだけ待ってて」

 そして照れくさそうに笑う。

「その時」

 一度深呼吸する。

「俺から告白する。」

「うん」

「待ってる」

 真君は安心したように笑う。

 その笑顔は、
 入院する前よりも少しだけ大人びて見えた。

 翌朝、
 朝食の席で、
 真君は自分から言った。

「姉貴」

「ん?」

「結婚、おめでとう」

 せーちゃんは一瞬驚いたあと、
 いつものように笑って真君を抱きしめた。

「ありがと、真」

 以前ならその光景を見て胸が苦しくなっていた私も、
 今は違った。

 家族を大切に思う真君を知っているから。

 そして、
 その隣に私の居場所もあると知れたから。

 こうして幼なじみだった二人は、
 ようやく同じ未来を見つめ始める。

 騎士を目指す少年と、
 その帰る場所になると決めた少女。

 二人の恋は、
 まだ始まったばかりだった。