短編集〜甘々、逆ハー、無自覚、美少女、ヤンデレ、独占欲、クールいじめ、溺愛、嫉妬〜

 そしてある日、
 せーちゃんが、
 珍しく真剣な顔をして言った。

「赤音ちゃん」

「……何?」

「真、入院することになった」

「……え?」

 頭が理解を拒んだ。

「食事もほとんど取らなくなっててね、ー
学校も無理で、
心が限界だったみたい」

 言葉が出なかった。

 病院の白い廊下は、
 やけに冷たかった。

 面会室のドアの前で、
 私は何度も立ち止まった。

 どうしたらいいんだろう?

「赤音ちゃん、
この絵本、
持ってきたんだ」

 私は、せーちゃんに紙袋を渡された。

 面会室、
 そこにいた真君は、
 いつもと違って静かだった。

 笑わない真君は、
 別人みたいだった。

「真君……」

「……赤音ちゃん」

 声は出たけど、
 目はどこか遠かった。

 私は、持ってきた紙袋をぎゅっと握る。

「これ……」

 真君は反応しない。

「あなたの部屋で見つけたんじゃない?」

 中から出したのは、
 古い絵本だった。

 色あせた表紙。

 そこには小さな騎士の絵。

「騎士の絵本」
 真君の目が、
 ほんの少しだけ動いた。

「昔、一緒に読んだよね。
覚えてる?

 私は絵本を開く。

「“弱い人を守る騎士になりたい”って言ってた」

 真君の指が、
 少し震えた。

「それでね」
 私はゆっくり続ける。

「“誰かを守れる騎士になりたい”って。
小学校の時」

 真君の呼吸が少しだけ変わる。

「真君が覚えてるかは分からないけど、
私、覚えてる
真君は昔、言ってたよね。」
私は真っすぐ見る。

「“赤音ちゃんを守れる騎士になる”って」

 沈黙。
 病室の音だけが聞こえる。

 小さく、かすれた声で言った。

「……覚えてる」

 その瞬間だった。
 ほんのわずかに、目の奥に光が戻る。

「俺……。
騎士に、なりたかった。」

 私は一歩近づく。
「今もなれる、
真君なら」

 真君の手が、シーツを握る。
 震えている。

 でも、少しだけ動いた。

「赤音ちゃん」
「うん」

「俺……守れてた?」

 ここで、私は苦笑いをした。

 沈黙のあと、
 真君はゆっくり目を閉じた。

 そして、少しだけ笑った。

「じゃあ……」

「まだ、騎士になれる?」

 私ははっきり言った。
「なれるよ」

 その言葉で、
 真君は初めて、ゆっくりと体を起こした。

 ほんの少しだけ。

 でも、それは確かな動きだった。

 数日後、
 真君は少しずつ食事を取るようになった。

 すぐには学校には戻れない。

 でも、確かに戻る方向に進んでいた。

 ある日、
 病院の帰り道。

 真君がぽつりと言った。

「赤音ちゃん」

「何?」

「俺さ」

「うん。」

「騎士になりたい」

 私は少し笑った。

「うん。」

 真君は空を見た。

 風が吹いた。
 昔と同じ空だった。

「赤音ちゃん」
「うん」

「俺、ちゃんと戻る」

「うん」

「騎士になる」

 私は小さくうなずく。

「うん」

 そして最後に、
 真君は、昔の約束をもう一度言った。

「俺、赤音ちゃんの騎士になる」

 今度は、壊れた願いじゃなかった。

 逃げでもなかった。

 私は答える。
「じゃあ私は、
その騎士の、帰る場所になる。」

 こうして、
 止まりかけた恋は、もう一度動き出した。

 そして物語の名前は、ずっと前から決まっていた。

 ――騎士を目指す幼なじみ。