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「貴様……何者だ」
山頂。
風の中、
櫂燕が鋭く目を細める。
「……ただの憑神だ」
「嘘をつけ。その妖気、ただの妖ではない」
「櫂燕の旦那!リッカばっかりずるいでさぁ!オラにも剣術教えてくだせぇよ!」
「お前には無理だ」
「ひでぇや。なら相撲で勝負でさ!」
「ほう。このワシと勝負、とな」
「田吾作、やめておけ。櫂燕殿には勝てん」
「ぬおおおお!!」
ブンッ!
「遅い」
次の瞬間、田吾作の体が宙を舞った。
「ぎゃああああ!」
ドスン!
「皿の水がぁぁぁ!」
別の日。
天狗堂の裏手。
古びた木の縁側に、リッカと櫂燕が並んで座っている。
「人の世は騒がしいな」
櫂燕が盃を揺らしながら言う。
「戦が近い」
「……そうか」
リッカは静かに酒を口に含んだ。
「お前はどうする」
「月島を守る。それだけだ」
「難儀な生き方よ」
風が吹く。
「お前こそ、山を捨てぬのか」
「ワシは山の天狗だ」
櫂燕がふっと笑う。
「山がある限り、ここにおる」
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翌日。
リッカと二人で、天狗堂に来ていた。
その道中、リッカは珍しく昔話をしてくれた。
田吾作や櫂燕と出会う前のこと。
そして今に至るまでのことを。
「じゃあ、リッカは、戦国時代の戦とか、明治維新とか第二次世界大戦とか、全部見てきたのか?」
「……そうだな」
「……嫌にならなかったか?人の争いごとをたくさん見てきて」
「嫌になったさ。人が嫌いになったこともあった。だが」
「……?」
「約束だったからな。それに、悪い奴ばかりじゃなかった」
千年。
想像もできないほどの気が遠くなるくらい長い時間。
リッカは人の醜さも美しさもたくさん見てきたのだろう。
「あの頃は、毎日のように人が死んでいた」
リッカが目を閉じる。
「戦国の世では……あの頃の俺は、月島を守る為なら誰でも殺した」
「……」
「空襲の夜、晴人の祖父を抱えて防空壕へ走った」
「面白かったのは、バブルの頃だな。人が皆笑っていた」
「哲平と、その父親。お前の祖父だな。……清は、俺の生き方を変えてくれた。
それまでただ守る為に殺すことを選んできた俺に、殺さず守ることを教えてくれたんだ」
「……じいちゃんと、父さんが」
「ああ」
リッカが目を閉じる。
「でも俺は、お前に何かあった時、殺さずに守る自信がない」
「……」
「自分でも制御できない時があるんだ。だからもしかしたらお前を怖がらせてしまうこともあるかもしれない」
「そうさせないように頑張るよ」
「……ああ」
そんな話をしているうちに、目的の場所に着いた。
山の頂にひっそりと佇むお堂は、前に来た時と同じ、とても不思議な場所だった。
「哲平が小さい頃、清の妻が目を離した隙に哲平がいなくなってな。神隠しと騒がれて街を上げての大捜索が行われた」
「散々探しても見つからなかったのに、朝方になって、麓の道へ続く草むらで眠っている哲平を俺が見つけた」
「哲平は後にその時のことをこう語ってくれた」
「長いお鼻の真っ赤な顔のおじちゃんが、麓の道まで送ってくれた、と」
「間違いない、櫂燕殿だと俺にはわかった。死んでなどいない。あの方は今もきっと、山を守っておられるのだ」
天狗堂に飾られた天狗の面に優しく触れ、リッカが目を閉じた。
その時、強い風がさぁぁぁ、と吹いた。
晴人はそっと目を閉じる。
父さんも。じいちゃんも。
そして田吾作さんや櫂燕さんのことも。
リッカはずっと、失ってきたんだ。
そう思うと、少し胸が痛んだ。
「……リッカ」
「なんだ」
「……カエル、取りに行こうか」
「は?」
「好きだろ、カエル。沢山いる池があるんだ」
リッカは笑った。
「晴人も食うか?」
「俺はいらないって」
リッカは楽しそうに笑った。
その笑顔を見て、少しだけ安心した。



