「晃んち?」
「そ。俺の実家。今は誰も住んでないけど、家は売ってないから出入りは自由だ。リッカのこと、何かわかるかも」
「誰も住んでないのに手放してないのか?」
「簡単に手放せる家じゃないんだよな。一応、俺が名前だけの当主として、国が管理してる」
「……なんか、すげーな」
「……俺はおそらくお前の家には入れない」
二人の会話を聞いてきたリッカが静かに言葉を落とす。
「おそらくなんらかの結界が張ってあるだろう。俺は敷地の外までしか一緒に行けない」
晃が、わかっていたかのようにうなづいた。
「……晃、結界解除できないのか?」
「俺には無理。かなり複雑なやつ。普通術師が死ねば結界も解除されるはずなんだけどなー。あれだけはどういう理屈なんだか俺にもさっぱり」
「俺は外で待ってる」
「ごめんな、リッカ」
「その代わり、晴人に何かあったら壊してでも入るからな」
「わかってるよ」
そうして突如、晃の生家に赴くことになった。
晃の家。
そこは、とてつもなく大きな屋敷だった。
敷地を囲むようにぐるりと立つ石垣。
晃は、ポケットから鍵を取り出すと、慣れたように門を開けた。
庭も、ものすごく広かった。
テレビで見たことのある、白い砂が敷き詰められた中庭を抜け、古い蔵の前で立ち止まった。
「開けるぞ」
その声は、どこか緊張しているようだった。
「ああ」
自分から出た声もひどく乾いていて、ああ、俺も緊張しているんだ、と身が引き締まる。
ギィィィと鈍い音がして、重い扉がゆっくり開いた。
「埃っぽいな」
晃がそう言いながら電気をつけ、蔵の中へ入る。
松葉杖をつきながら、それでも慣れた足取りで蔵の奥へ進む。
それについていきながら辺りを見渡すと、古い書物や見たこともない呪具のようなものが所狭しと置かれていた。
「昔の重要な書物とかは大抵この辺りに……あ、これ?違うな、こっちか?」
バタンバタンと音を立てながら本棚の書物を引っ張り出す晃。
「あ、あった!これだ!」
それは、古い巻物だった。
するする、と紐を解いて広げる。
晴人は、息を呑んだ。
『月島に仇なす者、
銀色の憑神により滅びん』
『されど月島を守護する限り、
その神また災厄を退ける』
そこに書かれていた文字と、妖の絵。
月に照らされて青白く光るリッカの姿。
今のリッカからは想像もできない冷たい目。
——カエル食うか?
あの人懐っこい笑顔のカケラもない。
「これが、リッカ?」
「記述によると、な。」
こんな、冷たい鬼のような妖が、あのリッカ?
——晴人
屋敷の外で今も俺を待っているあの——
「……この人は?」
巻物の続き。
描かれていたのは、幾重にも連なる着物を着た、黒髪の女性だった。
「えっと、月島のお姫様。伝承によると、リッカはこのお姫様との契約によって月島の憑神になった、とされているけど。若くして亡くなっているみたいだな」
「葵乃姫……」
「知っているのか?」
「いや。ここに書いてある……なんか、俺に似てる?」
「お前が?平安時代の姫に?」
「笑うなよ」
「悪い。想像したらウケる」
「真面目に話してるんだ」
「わかってるって。怒るなよ。リッカがこの家壊しちまうだろ」
「誰のせいだ」
蔵を出る。
母屋に寄るか、と言った晃の言葉に首を振った。
門を出ると、待っていたリッカと目が合った。
「何か面白いものあったか?」
リッカの問いに、晴人は笑う。
「……何も。何もなかったよ」
その日の夜。
部屋に戻り、一人になると、意を決しリッカに話しかけた。
「リッカ。今まで俺のために人に手をかけたこと、あるか?」
「……」
リッカは何も言わない。
本当はわかっていた。
小学生の頃、俺を突き飛ばした同級生が、割れた窓ガラスを浴びて大怪我をした。
俺を厄介者扱いしていた親戚家族は、旅行先で事故に巻き込まれて命を落とした。
偶然だと思っていた。
——思おうとしていた。
だけど。
『月島に仇なす者、
銀色の憑神により滅びん』
あそこに書いてあった言葉が真実だとしたら。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「……直接手を下したことはない」
リッカは静かに言った。
その言葉が全てだった。
「……リッカ」
「なんだ」
「葵乃姫のこと、教えてくれないか?」
「やっぱり、何か見たんだろう」
「そんなんじゃないって」
開けた窓から入ってくる夏の夜風が、その銀色の髪を揺らす。
リッカは何も答えなかった。
ただ。
遠い昔を思い出すように、そっと目を閉じた。
————
——
「あなた、綺麗な目をしているのね」
そう言って、まっすぐに自分を見るその人は、束ねた黒髪を揺らし、痩せて細くなった腕を伸ばした。
怖い、と言われたことはあった。
でも、綺麗と言われたことはなかった。
「吸い込まれそうな金色ね」
ふふ、そう笑みを落とす女性。
「姫様!」
その時、年老いた老人が慌てたように走ってきた。
「このような場所で夜風に当たっては体に障ります。部屋にお戻りください」
その人がいなくなったあと、リッカはその場に余韻のように残る残り香にそっと鼻を鳴らす。
——それが、後に月島の守り憑きとなる妖と、
その妖が生涯ただ一人愛した女性——葵乃姫との最初の出会いだった。
「そ。俺の実家。今は誰も住んでないけど、家は売ってないから出入りは自由だ。リッカのこと、何かわかるかも」
「誰も住んでないのに手放してないのか?」
「簡単に手放せる家じゃないんだよな。一応、俺が名前だけの当主として、国が管理してる」
「……なんか、すげーな」
「……俺はおそらくお前の家には入れない」
二人の会話を聞いてきたリッカが静かに言葉を落とす。
「おそらくなんらかの結界が張ってあるだろう。俺は敷地の外までしか一緒に行けない」
晃が、わかっていたかのようにうなづいた。
「……晃、結界解除できないのか?」
「俺には無理。かなり複雑なやつ。普通術師が死ねば結界も解除されるはずなんだけどなー。あれだけはどういう理屈なんだか俺にもさっぱり」
「俺は外で待ってる」
「ごめんな、リッカ」
「その代わり、晴人に何かあったら壊してでも入るからな」
「わかってるよ」
そうして突如、晃の生家に赴くことになった。
晃の家。
そこは、とてつもなく大きな屋敷だった。
敷地を囲むようにぐるりと立つ石垣。
晃は、ポケットから鍵を取り出すと、慣れたように門を開けた。
庭も、ものすごく広かった。
テレビで見たことのある、白い砂が敷き詰められた中庭を抜け、古い蔵の前で立ち止まった。
「開けるぞ」
その声は、どこか緊張しているようだった。
「ああ」
自分から出た声もひどく乾いていて、ああ、俺も緊張しているんだ、と身が引き締まる。
ギィィィと鈍い音がして、重い扉がゆっくり開いた。
「埃っぽいな」
晃がそう言いながら電気をつけ、蔵の中へ入る。
松葉杖をつきながら、それでも慣れた足取りで蔵の奥へ進む。
それについていきながら辺りを見渡すと、古い書物や見たこともない呪具のようなものが所狭しと置かれていた。
「昔の重要な書物とかは大抵この辺りに……あ、これ?違うな、こっちか?」
バタンバタンと音を立てながら本棚の書物を引っ張り出す晃。
「あ、あった!これだ!」
それは、古い巻物だった。
するする、と紐を解いて広げる。
晴人は、息を呑んだ。
『月島に仇なす者、
銀色の憑神により滅びん』
『されど月島を守護する限り、
その神また災厄を退ける』
そこに書かれていた文字と、妖の絵。
月に照らされて青白く光るリッカの姿。
今のリッカからは想像もできない冷たい目。
——カエル食うか?
あの人懐っこい笑顔のカケラもない。
「これが、リッカ?」
「記述によると、な。」
こんな、冷たい鬼のような妖が、あのリッカ?
——晴人
屋敷の外で今も俺を待っているあの——
「……この人は?」
巻物の続き。
描かれていたのは、幾重にも連なる着物を着た、黒髪の女性だった。
「えっと、月島のお姫様。伝承によると、リッカはこのお姫様との契約によって月島の憑神になった、とされているけど。若くして亡くなっているみたいだな」
「葵乃姫……」
「知っているのか?」
「いや。ここに書いてある……なんか、俺に似てる?」
「お前が?平安時代の姫に?」
「笑うなよ」
「悪い。想像したらウケる」
「真面目に話してるんだ」
「わかってるって。怒るなよ。リッカがこの家壊しちまうだろ」
「誰のせいだ」
蔵を出る。
母屋に寄るか、と言った晃の言葉に首を振った。
門を出ると、待っていたリッカと目が合った。
「何か面白いものあったか?」
リッカの問いに、晴人は笑う。
「……何も。何もなかったよ」
その日の夜。
部屋に戻り、一人になると、意を決しリッカに話しかけた。
「リッカ。今まで俺のために人に手をかけたこと、あるか?」
「……」
リッカは何も言わない。
本当はわかっていた。
小学生の頃、俺を突き飛ばした同級生が、割れた窓ガラスを浴びて大怪我をした。
俺を厄介者扱いしていた親戚家族は、旅行先で事故に巻き込まれて命を落とした。
偶然だと思っていた。
——思おうとしていた。
だけど。
『月島に仇なす者、
銀色の憑神により滅びん』
あそこに書いてあった言葉が真実だとしたら。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「……直接手を下したことはない」
リッカは静かに言った。
その言葉が全てだった。
「……リッカ」
「なんだ」
「葵乃姫のこと、教えてくれないか?」
「やっぱり、何か見たんだろう」
「そんなんじゃないって」
開けた窓から入ってくる夏の夜風が、その銀色の髪を揺らす。
リッカは何も答えなかった。
ただ。
遠い昔を思い出すように、そっと目を閉じた。
————
——
「あなた、綺麗な目をしているのね」
そう言って、まっすぐに自分を見るその人は、束ねた黒髪を揺らし、痩せて細くなった腕を伸ばした。
怖い、と言われたことはあった。
でも、綺麗と言われたことはなかった。
「吸い込まれそうな金色ね」
ふふ、そう笑みを落とす女性。
「姫様!」
その時、年老いた老人が慌てたように走ってきた。
「このような場所で夜風に当たっては体に障ります。部屋にお戻りください」
その人がいなくなったあと、リッカはその場に余韻のように残る残り香にそっと鼻を鳴らす。
——それが、後に月島の守り憑きとなる妖と、
その妖が生涯ただ一人愛した女性——葵乃姫との最初の出会いだった。



