月影の彼方〜千年の約束〜


新学期が始まった。

中学三年の二学期になると、将来の話が増える。

学校では、高校の話。

どこの高校に行きたいとか。
あそこは家から通うには遠すぎるとか。

施設では、中学卒業後の話。

高校の寮に入る者もいれば、親元へ戻る者もいる。

毎日が少しずつ慌ただしくなっていった。

俺は、中学を卒業したら寮のある高校へ進学したいと思っていた。

いずれ月島家へ帰るにしても、まずは高校を卒業して働いてから。

そんな話をすると、リッカはつまらなそうにあくびをする。

「お前のしたいようにすればいい」

それが最近のリッカの口癖だった。

突き放しているようでいて。

どんな選択をしても見守っている、と言われているようで、どこか心強かった。


「俺は高校行かないで働こうと思うわ」

帰り道。

晃が足元の小石を蹴りながら言った。

「なりたいものもねぇし。それより早く稼いで自立したい」

それは晃らしい考え方だった。

でも少しだけ寂しかった。

同じ高校へ行けたらいいのに。

そんなことを思っていたからだ。

もちろん、言わなかったけれど。

すると晃が続ける。

「でもさ」

「ん?」

「お前と同じ高校ってのも楽しそうだな」

思わず顔が綻ぶ。

「俺、寮がある高校で考えてるんだ。学費は奨学金でなんとかなるし」

少し前を歩くリッカを見る。

「リッカも、高校は出た方がいいって言うし」

「あいつほんと、お前の親みてぇだよな」

晃が笑う。

俺もつられて笑った。


「でも、最近リッカ少し変なんだよな」

ふと口をついて出た言葉だった。

晃の表情が僅かに固まる。

「……何が?」

「前はいつもそばにいたんだ」

空を見上げる。

そこにいるのが当たり前だった存在。

「呼ばなくてもいたし、気付いたら隣にいた」

それなのに。

「最近は姿が見えない時間が増えてさ」

「……」

「呼べば来るんだけど、どこにいたのか聞いても、寝てたとか、適当に誤魔化されるんだ」

晃が少しだけ目を伏せた。

「……子離れしたんだろ」

冗談めかしてそう言う。

「そうなのかな」

だったら少し寂しい。

そんなことを思ってしまう自分の方が、親離れできていない子供みたいだった。


「……そういえばさ」

晃が何かを言いかける。

「ん?」

「いや」

少し間を置いて。

「なんでもない」

それ以上は何も言わなかった。


その夜。

晴人が眠りについた頃。

晃は一人、施設の中を歩いていた。

探している相手は一人しかいない。

ようやく見つけた時。

リッカは食堂の窓際に立ち、外を眺めていた。

月明かりが銀色の髪を照らしている。

「……なんだ、晃か」

「お前、このままでいいのかよ」

リッカがゆっくりと振り返る。

「何がだ」

「話す気ねぇなら俺が言うぞ」

晃が睨む。

「晴人に」

一瞬だけ。

リッカの目が細くなった。

「やめろ」

「なんでだよ」

晃が声を荒げる。

「なんでそんなになるまで黙ってんだよ」

静寂が落ちる。

やがてリッカは小さく息を吐いた。

「……お前、気付いていたのか」

「夏休み最後の日だ」

晃が拳を握る。

「あの日、お前ほとんど一日寝てただろ」

「……ああ」

「俺だって術師の端くれだ。気配を辿ればわかる」

リッカは何も言わない。

晃は続けた。

「晴人は気付いてねぇ」

「だろうな」

「だからって、このままでいいわけねぇだろ」


しばらく沈黙が続いた。

やがてリッカがぽつりと言う。

「高校へ行くそうだ」

「……ああ」

「寮にも入りたいらしい」

晃が頷く。

「友達もできた」

リッカの目が少しだけ細められる。

「昔は俺以外誰も寄せ付けなかったのにな」

その声は、どこか誇らしげだった。

そして。

少しだけ寂しそうでもあった。

「……俺がいなくても、生きていける」

晃は何も言えなかった。


「櫂燕殿にも言われた」

リッカが空を見上げる。

「別れはちゃんと告げろ、と」

「だったら」

「でもな」

晃の言葉を遮る。

「言ったら、あいつは泣くだろう」

「言わなくても泣く!」

晃の声が響く。

「突然いなくなる方が泣くだろうが!」

リッカは少しだけ困ったように笑った。

「……俺はな」

静かな声だった。

「あいつが泣くと駄目なんだ」

「は?」

「昔からそうだ」

月明かりの中で目を細める。

「あいつを泣かせる奴は、全部俺が排除してきた」

その声はどこか懐かしそうだった。

「だから俺が泣かせるわけにはいかない」

晃は呆れたように息を吐く。

「……親バカかよ」

「なんとでも言え」

リッカは笑った。


そして。

「晃」

「……なんだよ」

「晴人を頼む」

晃が顔を上げる。

その時にはもう。

リッカの姿は月明かりの中へ溶けるように消えていた。

「……おい」

返事はない。

晃は拳を握り締めた。

「……馬鹿やろ」


何も知らずに眠っている晴人。

その寝顔を思い浮かべる。

このことを伝えるべきなのか。

それとも。

晃は答えを出せないまま夜空を見上げた。

窓の外では、秋の風が静かに吹いていた。

その時は、もうすぐそこまで来ていた。