花火大会当日。
リッカが、どこからか父が着ていたという甚兵衛を持ってきた。
「お前にはまだ少し大きいな」
そう言いながらも、甚兵衛姿の俺を見てどこか嬉しそうに目を細める。
晃も実家から持ってきた甚兵衛を着込み、三人で花火大会へ向かった。
「おお、屋台も出てるな!」
会場に着くなり、晃のテンションが上がる。
祭囃子の音。
行き交う人々の笑い声。
漂ってくる焼きそばやたこ焼きの匂い。
リッカもどこか楽しそうだった。
その時。
ドン!!
河原に大きな音が響く。
夜空に色鮮やかな花火が咲いた。
「たーまやー!」
晃が叫ぶ。
「たまやってどういう意味?」
何となくリッカなら知っている気がして聞いてみた。
「知らん」
意外な返答だった。
「リッカでも知らねぇのかよ」
晃が笑う。
それから三人で屋台を回った。
射的をしたり、金魚すくいをしたり。
焼きそばを食べたり、りんご飴を買ったり。
花火が上がるたびに足を止めて、夜空を見上げた。
祭りも終盤に差しかかった頃だった。
「少し休むか」
歩き疲れ、河原を歩いていたとき。
「……む?」
不意に、頭の奥へ直接響くような低い声が聞こえた。
「はて」
風が吹く。
「お主、リッカではないか」
その声に思わず立ち止まる。
今、リッカと言ったのか?
もちろん俺でも晃でもない。
隣を見ると、晃も驚いたように固まっていた。
「おお。隣にいるのは、あの時の童の倅か」
そこに立っていたのは、明らかに人ではない存在だった。
長い鼻。
真っ赤な顔。
天狗堂で見た面にそっくりだった。
まさか。
「……櫂燕殿」
リッカが目を見開く。
話に聞いた、あの天狗――櫂燕。
「すげぇ。本物の天狗だ」
晃が呆然と呟いた。
「何を驚いておる」
わっはっはっ!
櫂燕は豪快に笑う。
「……昔からこういう祭りには妖が紛れ込むことがあるとはいうが」
リッカの声がわずかに震えていた。
「まさか、貴方に会えるとは」
「ほんにのう」
櫂燕は懐かしそうに目を細める。
「見ぃ。街も河原も、あの頃とはまるで違う」
夜空に咲く花火を見上げる。
「だが、人の世は変わらん」
「……えぇ」
なんとなく。
二人だけにしてあげた方がいい気がした。
俺と晃は顔を見合わせると、そっとその場を離れた。
「……リッカ。お主、随分弱っておるのう」
「……やはり貴方にはわかるのだな」
「今も月島を守っておるのか」
「ああ。変わらん」
櫂燕はしばらく黙った。
「しかし、あの童は知っておるのか?」
「お前の力が弱まっていることを」
リッカは静かに首を振る。
「言っていません」
「……そうか」
櫂燕は少し離れた場所で花火を見上げる晴人へ視線を向けた。
「随分と大事にしておるようじゃの」
「……ああ」
「ならば」
櫂燕は静かに笑った。
「その時が来たら、ちゃんと別れは言うてやれよ」
その声はどこか優しく。
少しだけ寂しそうだった。
「……はい」
リッカは静かに頷いた。
「何話してるんだろうな」
晃がちらちらと二人の方を見ている。
「あんまり見るなよ」
「気になるだろ」
そんな会話をしながら、俺たちは花火を見上げていた。
リッカたちの話は聞こえなかった。
ただ。
寂しそうに昔話をしてくれた時のリッカを思い出す。
櫂燕さんと会えて良かったな。
そう思った。
ドン――
夜空に大輪の花火が咲く。
それはまるで、長い時を生きた友人たちの再会を祝福しているようだった。



