ミミミちゃん(意味が分かると怖い話)

パニック状態のまま階段を転がるようにかけ下り、ふだんは誰も使わない用具室へと飛びこんだ。

部屋のドアを乱暴に閉めて、もう一度手首をたしかめる。

やっぱり百目リングはない。ひじのあたりまで袖をまくり上げたけれど、あの白い腕輪はどこにもなかった。

代わりにあらわれたのは、皮膚の上に広がる、目、目、目……。

「何なのよっ、これ!!」

サヤカは、虫が腕にとまったときのように、いきおいよく腕を振った。

だけど、虫みたいに身体から飛び去ってはくれなくて、ただ、サヤカ自身がバランスをくずしただけだった。足がもつれ、部屋にあった机にいきおいよく手をついた。
机の上にはほこりが積もっていて、手のひらにザラザラとしたイヤな感触が伝わった。

そのとき、サヤカは壁に立てかけられているものに気がついた。
ずっと「見えて」はいたけれど、それが何なのかは分かっていなかったのだ。

壁に立てかけられた長方形の板。それは、裏返しに置かれた大きな鏡だった。

(見ちゃいけない……)

頭の中ではそうつぶやいているのに、どうしても自分の姿を確認したくなる。ふらふらと壁ぎわまで近づくと、サヤカはその重い鏡をひっくり返した。

鏡の向こうには、想像した通りの少女が立っていた。

「どっ、どうしてよ……、なんで、わ、わたしが、こんなことに!?」

たえられなくなってサヤカはギュッと目をつぶった。けれど、全身にある百目サマの目が、勝手に鏡の中の自分を見つめ続けてしまう。

「ひどいよっ、こんな姿……。こんなんじゃ、まるで――」

そこまで口に出したとき、サヤカはハッとした。
ミミミちゃんの明るい声が、頭の中でこだまする。

『百目リングを使うのは、1日に2時間まで。それ以上使うと、つかれちゃうかもしれないからねー』

そうか。そういうことだったんだ……。

サヤカは、がくりと両ひざから床にくずれ落ちて、うめき声をもらした。

世界が、ぐにゃーっとゆがみ出す。

温かい涙がほおを伝って、あご先からポタポタと落ち、制服のスカートに吸いこまれていく。

手で両目をぬぐっても、世界は元には戻らなかった。

木目の床も、引き戸のドアも、格子柄の白い天井も、並べられた机も、棚に置かれたダンボールも、窓の外の青空も、鏡の中の少女も。

すべてが元の形を失って、ぐにゃぐにゃにゆがんでいく。

全身に浮かび上がった無数の目は、いつまでも泣き止まなかった。