星那はゆっくりと息を吐いた。

目の前で拳を振るう綺羅は、もう敵なんて見ていなかった。

涙を流しながら、何度も何度も「ごめん」と呟く。

その姿が痛々しくて、見ていられない。


那瑠「星那!」


那瑠の声が飛ぶ。

だけど星那は振り返らなかった。

ゆっくりと綺羅へ近付いていく。


綾人「おい!危ねぇ!」


真尋「待て!」


止める声も聞こえていないようだった。

紫月だけは静かに星那を見つめている。

星那はあと数歩というところで立ち止まった。

綺羅はまた一人、目の前の男を殴り飛ばす。

肩が震えている。

涙は止まらない。

それでも拳だけは止まらなかった。

星那は小さく目を細める。

「もう十分。」

誰に言うでもなく、小さく呟いた。

そして静かに綺羅の背後へ回る。

気配を消すように、一歩。

また一歩。

綺羅は気付かない。

いや、気付けない。

心は今も、あの日に置き去りのままだから。

星那はそっと右手を伸ばした。

優しく綺羅の目を覆う。

突然視界を閉ざされ、綺羅の身体がびくりと震えた。

左手は逃げないように肩へ添える。

耳元へ静かな声が落ちる。


星那「……綺羅、もう大丈夫。」


その一言に、綺羅の拳が止まった。