レディ・マーメイド

「樹莉ちゃーん、今夜も彼氏がお迎えに来てるよ」

仕事を終えて通用口を出たところで、静香が振り返った。

「先輩、違うんですよ。あの人は……」
「いいのいいの、言わなくても。かっこいいもんね、ウッディーさん。例の婚活パーティーで仲良くなったんでしょ?」
「ですから、そうではなくて」
「あっ、彼だ。じゃあねー、樹莉ちゃん。お互いよいデートを!」

手を振ってからタタッと彼のもとへ駆け寄る静香を仕方なく見送り、樹莉は黒木に近づく。

「樹莉さん、お疲れ様です」
「黒木さんこそ、お疲れ様です。あの、今夜も?」
「そう。亜紋さんに命じられたので」

そう言って黒木は、すぐ後ろに停めてあった車のドアを開けた。

樹莉が乗り込むと、当然のようにロイヤルクレストに車を走らせ始める。

「ん? 浮かない顔してどうかした? 樹莉さん」

バックミラー越しに声をかけられ、樹莉は唇を尖らせた。

「だって結局毎日じゃないですか? こうやって連れ去られるの」

連れ去るって、と黒木は苦笑いする。

「勘弁して。樹莉さんを連れて帰らないと、俺が亜紋さんに締め上げられるから。神谷さんにも」
「それは、まあ。私も神谷さんに会いたいからいいんですけど」

亜紋の「ここで暮らせ」という提案を断った手前、こうも毎日ロイヤルクレストに帰るのは気が引ける。

だが亜紋は有無を言わさず、ほぼ毎日黒木を迎えによこした。

(嬉しいけど、でもなあ。ズルズルと成り行きに任せるのはよくないよね)

車の中では冷静にそう考えるが、ロイヤルクレストに着いて神谷とおしゃべりを始めると、そんな考えは忘れてしまう。

更には、仕事を終えて帰って来た亜紋に「樹莉」と呼ばれて抱き寄せられたが最後、思考回路は完全に途絶えた。

「亜紋さん、お帰りなさ……」

言い終える前に、亜紋のキスが唇をふさぐ。

「んっ……」

逃れようとすればその分強く抱きしめられ、キスの合間に吐息をつけば、より一層深く口づけられた。

「樹莉……」

耳元でささやかれ、首筋にキスが下りてくると、樹莉の膝から力が抜ける。

くずおれそうになる樹莉を、亜紋は軽々と抱き上げてベッドに運んだ。