レディ・マーメイド

「亜紋さん」

廊下にある大きなカーテンの影から黒木に呼ばれて、亜紋は近づいた。

「どうだ?」
「今、最後のゲストと話をしています」

黒木の視線を追うと、金盛が会場の扉の横で「ニューヨークのゴールデンワールドホテルにもぜひ泊まりに来てくださいよ」と自信満々に声をかけてゲストを送り出している。

「この方が最後のゲストです」
「わかった」

年配の男性が金盛との話を終えて歩き出す。

その後ろ姿を笑顔で見送っていた金盛は、いきなり顔つきをガラリと変えた。

鬼のような形相で会場の中へと戻って行く。

「行くぞ、黒木」
「はい」

亜紋は黒木と顔を見合わせてから、足早に近づいた。

「金盛社長」

そう声をかけた時、金盛はちょうど隣の部屋に繋がるドアを開いたところだった。

中に須藤がいるのも見える。
二人とも亜紋を見て、驚いたように動きを止めた。

「こ、これは九條どの。どうされました?」

愛想笑いを浮かべる金盛が空々しい。

「なにか、お忘れ物でも?」
「そうですね。あなた方にお渡しするのを忘れるところでした。こちらを」

そう言って亜紋は、ポケットから取り出したパレ・ド・フローラのコースターを見せる。

金盛も須藤も目を剥いて息を呑んだ。

「貴様っ、どこでそれを!」
「随分な物言いですね。誰かに聞かれても構いませんか?」

金盛は忌々しげにクッと表情を歪めると、ドアを大きく開いて亜紋と黒木を隣の部屋へと促した。

「それで? 渡してもらえるんでしょうな、そのコースターを」
「もちろんです。どうぞ」

亜紋が金盛に差し出すと、須藤が横から飛びつくように奪い取った。

「これは私の物です! ずっと探していたんだ」
「そうでしたか。パレ・ド・フローラのスタッフを襲ってまで奪おうとしたのは、あなたの差し金だったのですね、須藤社長」
「そうだ! あいつらに探させたのに見つからなかったのは、あんたが隠し持ってたからなんだな。とんだ迷惑だ!」

興奮気味にまくし立てる須藤は、たった今、自ら黒幕だと認めたことにも気づいていない。

「申し訳ありません。そのコースターがそんなに大切な物だとは露知らず。一体、どんな価値があるのですか?」

ひょうひょうと尋ねる亜紋に、須藤は怒りで顔を真っ赤にする。

「知らんでいい!」
「左様でございますか。では、確かにお返ししましたので、私はこれで」

ゆったりと頭を下げてから、亜紋は黒木を従えてドアへと向かう。

手の中のコースターを急いで確認したらしい須藤が、ハッとしたように叫んだ。