レディ・マーメイド

樹莉が去ったあとのロイヤルクレストでは、神谷も黒木も明らかに暗い表情を浮かべて日々を過ごしていた。

神谷に至っては、ぼんやりしてコーヒーを注ぐ手元を滑らせたり、知らず知らずにため息をついたりと、酷い落ち込みようだ。

「亜紋さま、あの……」

そう言ってから「いえ、なんでもありません」と口をつぐむ。

樹莉のことを言いたいのだと、ありありとわかった。

黒木も口にはしないが、樹莉のその後の様子が気になっているらしい。

もちろん亜紋も心配でたまらない。

ずっとここで暮らしてほしかった。
毎日黒木に送迎させ、ここに戻って来てほしかった。

けれど樹莉にとっては、住み慣れた自分の部屋の方がよかったのだろう。

それにこれ以上自分が踏み込むのもよくない。

樹莉には樹莉の生活があって、恋人もこれからできるだろうから。

(恋人? 樹莉の、恋人……)

想像した途端に、嫌だと思った。

樹莉は自分の手で守りたい。
ずっとそばにいてほしい。
いつも明るく笑っていてほしい。
自分が樹莉を、幸せにしたい。

けれどそれは、金盛と須藤の悪事を自分の力で解決してみせてから。

樹莉を襲った犯人達を影で操った本当の黒幕。

警察があの二人を野放しにするのなら、自分の手で追い詰めてやる。

そして必ず樹莉を迎えに行く。

人魚姫は王子様に会いに行く為に、きれいな声と引き換えに足をもらったという。

(俺は樹莉になにも捨てさせない。全て終わらせたら必ず俺が樹莉を迎えに行く)

亜紋はそう心に決めた。