パーティーの夜に助けてもらった時と同じ、黒いセダンの助手席に乗り、樹莉は自宅マンションの住所を亜紋に伝える。
カーナビをセットすると、亜紋はゆっくりと車を発進させた。
サイドミラー越しに小さくなるホテル ロイヤルクレスト東京を見ながら、樹莉はぼんやり考える。
(まるで夢みたいな時間だったな。おとぎ話に迷い込んだような、贅沢で、すてきな時間)
そもそもここに泊まるなんて、自分の人生にあり得ないことだったのだ。
(夢の時間はもう終わり。ここからは現実に返らなきゃ)
そう言い聞かせて前を見つめる。
亜紋もずっと黙ったままハンドルを握っていた。
やがて車は樹莉のマンションに到着する。
「亜紋さん、送ってくださってありがとうございました。これまでの色々なことも、本当に感謝しています。またいつか、改めてお礼をさせてください」
「いや、そんなことは気にするな。樹莉、くれぐれも気をつけて。なにかあったらすぐに連絡してこい」
「はい、ありがとうございます」
樹莉はなんとか笑顔を作った。
これ以上は無理だ。
涙が溢れる前に早く別れなければ。
そう思い、ドアに手をかけた時だった。
「人魚姫は……どうなるんだ?」
亜紋の呟きに、樹莉は「え?」と振り返る。
「童話の中の人魚姫。最後は幸せになれるのか?」
ハンドルに両腕を載せ、前を見たままの亜紋に、樹莉は戸惑いながら答えた。
「いいえ。童話では声を失ってまで王子様に会いに行くのですが、王子様は別の女性を選び、人魚姫は泡になって消えてしまいます。でもアニメ映画の結末は違って、王子様と結ばれます。人魚ではなく、人間になって」
「人魚姫が、海を捨てて陸に行くのか? 王子様が海に行くのではなくて?」
亜紋が顔を向けて、樹莉を見つめる。
樹莉も、亜紋と視線を合わせて頷いた。
「はい」
「……そうか」
亜紋が視線を落とし、沈黙が広がる。
樹莉は意を決してドアを開け、今度こそ車を降りた。
「亜紋さん、ありがとうございました」
両手を揃えてお辞儀をすると、踵を返してタタッとマンションのエントランスに入る。
込み上げた涙が頬を伝い、樹莉は亜紋に背を向けたまま立ち去った。
カーナビをセットすると、亜紋はゆっくりと車を発進させた。
サイドミラー越しに小さくなるホテル ロイヤルクレスト東京を見ながら、樹莉はぼんやり考える。
(まるで夢みたいな時間だったな。おとぎ話に迷い込んだような、贅沢で、すてきな時間)
そもそもここに泊まるなんて、自分の人生にあり得ないことだったのだ。
(夢の時間はもう終わり。ここからは現実に返らなきゃ)
そう言い聞かせて前を見つめる。
亜紋もずっと黙ったままハンドルを握っていた。
やがて車は樹莉のマンションに到着する。
「亜紋さん、送ってくださってありがとうございました。これまでの色々なことも、本当に感謝しています。またいつか、改めてお礼をさせてください」
「いや、そんなことは気にするな。樹莉、くれぐれも気をつけて。なにかあったらすぐに連絡してこい」
「はい、ありがとうございます」
樹莉はなんとか笑顔を作った。
これ以上は無理だ。
涙が溢れる前に早く別れなければ。
そう思い、ドアに手をかけた時だった。
「人魚姫は……どうなるんだ?」
亜紋の呟きに、樹莉は「え?」と振り返る。
「童話の中の人魚姫。最後は幸せになれるのか?」
ハンドルに両腕を載せ、前を見たままの亜紋に、樹莉は戸惑いながら答えた。
「いいえ。童話では声を失ってまで王子様に会いに行くのですが、王子様は別の女性を選び、人魚姫は泡になって消えてしまいます。でもアニメ映画の結末は違って、王子様と結ばれます。人魚ではなく、人間になって」
「人魚姫が、海を捨てて陸に行くのか? 王子様が海に行くのではなくて?」
亜紋が顔を向けて、樹莉を見つめる。
樹莉も、亜紋と視線を合わせて頷いた。
「はい」
「……そうか」
亜紋が視線を落とし、沈黙が広がる。
樹莉は意を決してドアを開け、今度こそ車を降りた。
「亜紋さん、ありがとうございました」
両手を揃えてお辞儀をすると、踵を返してタタッとマンションのエントランスに入る。
込み上げた涙が頬を伝い、樹莉は亜紋に背を向けたまま立ち去った。



