その日は早番で17時に仕事が終わり、樹莉は一度自分のワンルームマンションに私物を取りに行きたいと申し出た。
黒木は亜紋に電話で相談する。
「くれぐれも、誰かにあとをつけられていないか確認して向かうように」とのことで、黒木は細心の注意を払いながら樹莉の道案内で小さなマンションに向かい、ゲストパーキングに車を停めた。
「すみません、黒木さん。すぐに戻りますね」
「俺も行くよ。樹莉さんを一人にはさせられない」
周囲に目を走らせ、誰かに見られていないかを確認しながら2階の樹莉の部屋に二人で入った。
「わっ、部屋が蒸し暑いですね。すぐに換気します。黒木さん、どうぞ上がってください。今冷たいお茶を入れますね」
「いや、俺はここで待つよ」
黒木は靴を脱がずに玄関に佇む。
「どうして?」
「女の子の部屋に上がる訳にはいかない。誤解されたらいけないし」
ん?と、樹莉は首をひねった。
「黒木さんの彼女に誤解されないようにってことですか?」
「俺に彼女はいない。樹莉さんの彼氏にって意味だよ」
「それなら大丈夫です。私も彼氏はいませんから。ほら、上がってください」
黒木の腕を掴んで部屋に上げると、「ソファに座っててください」と言って樹莉は急いで窓を開けた。
心地よい風が部屋に吹き込んで、レースのカーテンをふわりと揺らす。
「樹莉さん」
ふいに呼ばれて、後ろから黒木に左腕で抱き寄せられた。
えっ、と身を固くすると、黒木は右腕を伸ばして厚地のメインカーテンを閉める。
「外から犯人に見られたら大変だ」
「あっ、そうですよね。すみません」
ドギマギした自分が恥ずかしくなり、樹莉はそそくさとキッチンに向かった。
冷蔵庫を開けて麦茶を取り出し、グラス2つに注いでからソファの前のローテーブルに運ぶ。
「黒木さん、どうぞ」
「ありがとう」
冷たい麦茶で喉を潤すと、幾分気持ちが落ち着いた。
「すみません、黒木さん。ずっと私につきっきりで、大変ですよね。私に同棲している恋人がいればよかったんですけど……」
「そんなの気にしないで。でも樹莉さんなら、作ろうと思えばすぐ恋人できるでしょ?」
「まさかそんな。それに私の仕事って土日祝日は全員出勤が基本なので、一般企業の人と予定が合わないんです。前の彼ともそれが原因で別れてしまって」
ああ、なるほどと黒木は頷く。
「私が恋愛より仕事を重視するのも彼は不満だったみたいです。もっと有休取ってくれとか、少しでいいから会いたいって言われても、仕事に支障が出るのは嫌だからと渋ってしまって。だけど今思えば私、そこまで彼のことを好きではなかったんでしょうね」
「それわかる。俺もそうだった」
「ほんとに?」
「ああ。その上俺の場合は、亜紋さんとデキてるのかって疑われた」
ええ?と驚いてから、思わず樹莉は吹き出した。
「ふふっ、本当はデキてたりして?」
「ちょっと、樹莉さんまでなに言うの?」
「だってお二人の間に流れる空気感がすごいですもん。お互いに信頼し合ってるのが伝わってきて」
「だからってデキてないよ。俺は亜紋さんに一生ついて行くけど、そう思うようになったのは何年もかけてからだ。最初は、御曹司の秘書なんて嫌だなって思ってた」
へえ、と樹莉は真顔になる。
「黒木さんは、いつから亜紋さんの秘書に?」
「10年前から。当時は結構険悪な雰囲気だったな。俺と亜紋さんって同い年なんだけど、それを変に意識してしまって。俺は俺で、お坊ちゃんにこき使われるのかって生意気な考えだったし、亜紋さんはそれを察して、お前なんかに頼むかって感じで」
「結構バチバチだったんですね。それが今や最強バディ! どうやってそうなったんですか?」
黒木は腕を組んで、うーんと宙に目をやってから樹莉に笑いかける。
「それは樹莉さんも、薄々わかってるんじゃない?」
「えっ?」
首を傾げる樹莉にそれ以上答えず、黒木は涼しい顔でお茶を飲んでいた。
黒木は亜紋に電話で相談する。
「くれぐれも、誰かにあとをつけられていないか確認して向かうように」とのことで、黒木は細心の注意を払いながら樹莉の道案内で小さなマンションに向かい、ゲストパーキングに車を停めた。
「すみません、黒木さん。すぐに戻りますね」
「俺も行くよ。樹莉さんを一人にはさせられない」
周囲に目を走らせ、誰かに見られていないかを確認しながら2階の樹莉の部屋に二人で入った。
「わっ、部屋が蒸し暑いですね。すぐに換気します。黒木さん、どうぞ上がってください。今冷たいお茶を入れますね」
「いや、俺はここで待つよ」
黒木は靴を脱がずに玄関に佇む。
「どうして?」
「女の子の部屋に上がる訳にはいかない。誤解されたらいけないし」
ん?と、樹莉は首をひねった。
「黒木さんの彼女に誤解されないようにってことですか?」
「俺に彼女はいない。樹莉さんの彼氏にって意味だよ」
「それなら大丈夫です。私も彼氏はいませんから。ほら、上がってください」
黒木の腕を掴んで部屋に上げると、「ソファに座っててください」と言って樹莉は急いで窓を開けた。
心地よい風が部屋に吹き込んで、レースのカーテンをふわりと揺らす。
「樹莉さん」
ふいに呼ばれて、後ろから黒木に左腕で抱き寄せられた。
えっ、と身を固くすると、黒木は右腕を伸ばして厚地のメインカーテンを閉める。
「外から犯人に見られたら大変だ」
「あっ、そうですよね。すみません」
ドギマギした自分が恥ずかしくなり、樹莉はそそくさとキッチンに向かった。
冷蔵庫を開けて麦茶を取り出し、グラス2つに注いでからソファの前のローテーブルに運ぶ。
「黒木さん、どうぞ」
「ありがとう」
冷たい麦茶で喉を潤すと、幾分気持ちが落ち着いた。
「すみません、黒木さん。ずっと私につきっきりで、大変ですよね。私に同棲している恋人がいればよかったんですけど……」
「そんなの気にしないで。でも樹莉さんなら、作ろうと思えばすぐ恋人できるでしょ?」
「まさかそんな。それに私の仕事って土日祝日は全員出勤が基本なので、一般企業の人と予定が合わないんです。前の彼ともそれが原因で別れてしまって」
ああ、なるほどと黒木は頷く。
「私が恋愛より仕事を重視するのも彼は不満だったみたいです。もっと有休取ってくれとか、少しでいいから会いたいって言われても、仕事に支障が出るのは嫌だからと渋ってしまって。だけど今思えば私、そこまで彼のことを好きではなかったんでしょうね」
「それわかる。俺もそうだった」
「ほんとに?」
「ああ。その上俺の場合は、亜紋さんとデキてるのかって疑われた」
ええ?と驚いてから、思わず樹莉は吹き出した。
「ふふっ、本当はデキてたりして?」
「ちょっと、樹莉さんまでなに言うの?」
「だってお二人の間に流れる空気感がすごいですもん。お互いに信頼し合ってるのが伝わってきて」
「だからってデキてないよ。俺は亜紋さんに一生ついて行くけど、そう思うようになったのは何年もかけてからだ。最初は、御曹司の秘書なんて嫌だなって思ってた」
へえ、と樹莉は真顔になる。
「黒木さんは、いつから亜紋さんの秘書に?」
「10年前から。当時は結構険悪な雰囲気だったな。俺と亜紋さんって同い年なんだけど、それを変に意識してしまって。俺は俺で、お坊ちゃんにこき使われるのかって生意気な考えだったし、亜紋さんはそれを察して、お前なんかに頼むかって感じで」
「結構バチバチだったんですね。それが今や最強バディ! どうやってそうなったんですか?」
黒木は腕を組んで、うーんと宙に目をやってから樹莉に笑いかける。
「それは樹莉さんも、薄々わかってるんじゃない?」
「えっ?」
首を傾げる樹莉にそれ以上答えず、黒木は涼しい顔でお茶を飲んでいた。



