「樹莉、黒木から聞いた。犯人が探しているのは紙ナフキンではなく、コースターのようだな」
食後のコーヒーを飲みながら、亜紋が切り出した。
「はい。もしかしたら違うかもしれませんが」
「いや、コースターで間違いないと俺は思う。問題はそれが今どこにあるのかだ。捨てられて燃やされたか、あるいは犯人がゴミ袋ごと持ち去ったか。もしまだ犯人が手に入れていないとすれば、樹莉が持っていると疑っている可能性がある。そのコースターには重要ななにかが隠されていて、樹莉にそれを暴かれるのを恐れている」
「そんな……」
樹莉は思わず拳をギュッと握りしめた。
「たとえ犯人が既にコースターを取り戻していたとしても、樹莉に秘密がバレたと思い込み、口を封じようとすることも考えられる。つまり、いずれにしても樹莉は狙われる」
「どうして私だと思われているんですか? パーティーには他にもたくさんスタッフがいたのに。なぜ私がコースターを持っていると?」
「樹莉達スタッフは、汚れたコースターを見かけたら素早く新しいものと交換するのだろう? 犯人はなぜコースターがなくなったのかを考えていて、それを思い出したんだ。コースターは交換されたのだと。そして近くにいたのが樹莉だったことも」
「確かにあのパーティーの最中、私は何枚かコースターを交換しました。でも不自然なものはなかったし、バックヤードで裏面を確認してから捨てましたが、なにも書かれていませんでした」
そうか、と亜紋は小さく呟く。
「では、この可能性はどうだ? 犯人は樹莉だけを狙っているのではなく、他にも何人か目星をつけて襲った」
樹莉は首を横に振る。
「それなら、もっと大ごとになっていると思います。警察にも話すでしょうし、更衣室とゴミ置き場が荒らされたのは従業員がなにか失くしたからだ、なんて呑気な雰囲気にもなりません」
「そうだな。では樹莉以外の誰かが、その重要なコースターを持っているとか?」
「それもないと思います。コースターに不自然な点があれば、その場ですぐに他のスタッフに共有されるはずですから」
そうか、とまた亜紋は呟いて視線を落とした。
「すみません、私がなにか思い出せればいいのですが」
「いや、何度も言うが樹莉は悪くない。それより俺の方が心苦しい。樹莉、やはり警察に相談しよう」
真っ直ぐ視線を合わせて告げられ、樹莉は戸惑う。
どうしようかと懸命に考えた。
「亜紋さん」
「なんだ?」
「もし、明日警察に相談したとして、犯人は逮捕されると思いますか? 私を襲った男は、もしかすると捕まえられるかもしれない。だけど黒幕は他にいるのですよね? 全員を逮捕できる証拠はありますか?」
「それは……現時点ではない」
「では明日警察に相談すれば、その直後から私の身の安全は約束されますか?」
亜紋は辛そうに表情を歪める。
「……その保証はない。すぐに事件の重要性を認められて、24時間樹莉に警護がつくとは思えない」
「それでは私は不安でたまりません。たとえ警察官に『部屋を見張っているから』と言われても、怖くて眠れません。私は……私が安心できるのは、ここだけです」
「樹莉……」
樹莉は込み上げる涙を堪えながら、亜紋を見つめる。
「ここに、いさせてもらえませんか? 神谷さんとおしゃべりして、黒木さんに守ってもらって、亜紋さんのところに帰って来たい。厚かましいことを言ってすみません。だけど、私…… 」
言葉を詰まらせる樹莉を、亜紋は射貫くように見つめ返した。
「ああ、ここにいろ。必ず俺達が樹莉を守る。ガーデンだってまだ全部案内していないだろう? 温室もあるし、1階には日本庭園だってある。樹莉、俺のそばにいろ。樹莉には毎日笑顔でいてほしい」
神谷が涙ぐみながら「樹莉さま」と呟く声が聞こえ、壁際に控えている黒木も大きく頷いてみせる。
樹莉は「はい」と亜紋に答えた。
「ここにいさせてください」
「ああ」
いつも真顔の亜紋が優しく微笑むのを、樹莉はこの時初めて目にした。
食後のコーヒーを飲みながら、亜紋が切り出した。
「はい。もしかしたら違うかもしれませんが」
「いや、コースターで間違いないと俺は思う。問題はそれが今どこにあるのかだ。捨てられて燃やされたか、あるいは犯人がゴミ袋ごと持ち去ったか。もしまだ犯人が手に入れていないとすれば、樹莉が持っていると疑っている可能性がある。そのコースターには重要ななにかが隠されていて、樹莉にそれを暴かれるのを恐れている」
「そんな……」
樹莉は思わず拳をギュッと握りしめた。
「たとえ犯人が既にコースターを取り戻していたとしても、樹莉に秘密がバレたと思い込み、口を封じようとすることも考えられる。つまり、いずれにしても樹莉は狙われる」
「どうして私だと思われているんですか? パーティーには他にもたくさんスタッフがいたのに。なぜ私がコースターを持っていると?」
「樹莉達スタッフは、汚れたコースターを見かけたら素早く新しいものと交換するのだろう? 犯人はなぜコースターがなくなったのかを考えていて、それを思い出したんだ。コースターは交換されたのだと。そして近くにいたのが樹莉だったことも」
「確かにあのパーティーの最中、私は何枚かコースターを交換しました。でも不自然なものはなかったし、バックヤードで裏面を確認してから捨てましたが、なにも書かれていませんでした」
そうか、と亜紋は小さく呟く。
「では、この可能性はどうだ? 犯人は樹莉だけを狙っているのではなく、他にも何人か目星をつけて襲った」
樹莉は首を横に振る。
「それなら、もっと大ごとになっていると思います。警察にも話すでしょうし、更衣室とゴミ置き場が荒らされたのは従業員がなにか失くしたからだ、なんて呑気な雰囲気にもなりません」
「そうだな。では樹莉以外の誰かが、その重要なコースターを持っているとか?」
「それもないと思います。コースターに不自然な点があれば、その場ですぐに他のスタッフに共有されるはずですから」
そうか、とまた亜紋は呟いて視線を落とした。
「すみません、私がなにか思い出せればいいのですが」
「いや、何度も言うが樹莉は悪くない。それより俺の方が心苦しい。樹莉、やはり警察に相談しよう」
真っ直ぐ視線を合わせて告げられ、樹莉は戸惑う。
どうしようかと懸命に考えた。
「亜紋さん」
「なんだ?」
「もし、明日警察に相談したとして、犯人は逮捕されると思いますか? 私を襲った男は、もしかすると捕まえられるかもしれない。だけど黒幕は他にいるのですよね? 全員を逮捕できる証拠はありますか?」
「それは……現時点ではない」
「では明日警察に相談すれば、その直後から私の身の安全は約束されますか?」
亜紋は辛そうに表情を歪める。
「……その保証はない。すぐに事件の重要性を認められて、24時間樹莉に警護がつくとは思えない」
「それでは私は不安でたまりません。たとえ警察官に『部屋を見張っているから』と言われても、怖くて眠れません。私は……私が安心できるのは、ここだけです」
「樹莉……」
樹莉は込み上げる涙を堪えながら、亜紋を見つめる。
「ここに、いさせてもらえませんか? 神谷さんとおしゃべりして、黒木さんに守ってもらって、亜紋さんのところに帰って来たい。厚かましいことを言ってすみません。だけど、私…… 」
言葉を詰まらせる樹莉を、亜紋は射貫くように見つめ返した。
「ああ、ここにいろ。必ず俺達が樹莉を守る。ガーデンだってまだ全部案内していないだろう? 温室もあるし、1階には日本庭園だってある。樹莉、俺のそばにいろ。樹莉には毎日笑顔でいてほしい」
神谷が涙ぐみながら「樹莉さま」と呟く声が聞こえ、壁際に控えている黒木も大きく頷いてみせる。
樹莉は「はい」と亜紋に答えた。
「ここにいさせてください」
「ああ」
いつも真顔の亜紋が優しく微笑むのを、樹莉はこの時初めて目にした。



