レディ・マーメイド

「樹莉さま、夕食の準備ができました」

しばらくするとノックの音のあとに黒木の声がして、樹莉はソファから立ち上がる。

「はい、今まいります」

神谷が開けたドアから隣の部屋に行くと、ちょうど反対側のドアから亜紋が姿を見せた。

先程とは違い、きちんとジャケットを着ている。

(わあ、亜紋さんかっこいい)

思わず足を止めて見とれていると、亜紋も同じように見つめてきた。

「……樹莉」
「はい」
「ちゃんとエステサロンに行ったんだな?」

俺の言いつけはきちんと守ったんだろうな、と言わんばかりの口調に、樹莉は身を縮こめる。

「はい、行きました」
「それならよし」

神谷が「樹莉さま、どうぞ」とダイニングの椅子を引いて促す。

こんな雰囲気だというのに、なにやらニコニコと楽しそうだ。

黒木が優雅な手つきでグラスにロゼワインを注ぎ、樹莉は亜紋と乾杯した。

芳醇な香りと口当たりのなめらかなワインに、樹莉は感嘆のため息をつく。

「なんて美味しいの……」

亜紋が、ふっと頬を緩めた。

「そうか、よかった。樹莉の好みがわからず心配だった」
「え?」
「気に入ったのならもっと飲め」
「あ、はい」

なぜだろう。
口調はぶっきらぼうなのに、優しい雰囲気に包まれる。
表情は硬いのに、眼差しが温かい。

ふわふわと夢見心地になりながら、いつの間にか樹莉は亜紋のことをそんなふうに感じていた。