レディ・マーメイド

樹莉が黒木に付き添われて職場に向かったあと、亜紋は気が気じゃないまま仕事を進めていた。

昨夜パレ・ド・フローラから戻った黒木に話を聞いたところ、支配人は更衣室やゴミ置き場が荒らされたことを特に大きなことだとは受け止めていないらしい。

「恐らく従業員の誰かが大切なものを失くして探していたんじゃないかと。ホテルの備品か、あるいは自分の社員証とか」

なんでも女子更衣室は、バンケットスタッフのロッカーが一つ一つこじ開けられた形跡はあるが、財布も含めてなにも盗られていないこと。

ゴミ置き場に至っては、いずれ収集されるゴミ袋がいくつかなくなっていて、それはそれで損害もない。

「防犯カメラも設置してはいるんだけど、なにせバックヤードだからね。あまり性能もよくなくて、人物の判別がつかない。女子更衣室の中には設置できないし」

そう言う支配人に、黒木は尋ねた。

「なにも映っていなかったのですか?」
「更衣室前の廊下は映っていたよ。中から別の従業員が出て来て反対方向に歩いて行ったあと、ドアが閉まる寸前に黒いパーカーのフードをかぶった男が素早くドアを押さえて中に入って行った。10分後に出て来たけど、その間他に入った人はいない。まあ、深夜だったしね」

警察にもそう話し、あまり事件性はなさそうだから、まずは従業員に当たってみてくれと言われたらしい。

「なにかを失くして探していたのなら、そう正直に話してほしいと、従業員一人一人に訊いてみるそうです。恐らく樹莉さまにも同じように」

黒木はそう亜紋に報告していた。

「警察には期待できそうにない。それなら樹莉が襲われたことを話して、その線で動いてもらうか」

それを二人で話し合ったが、結論は樹莉を守りつつ様子を見る、というものだった。

「今警察に話して金盛社長と須藤社長を調べたところで、なにも証拠はないでしょう。樹莉さまを襲ったり、バックヤードに侵入した実行犯にもたどり着けず、逮捕には至らない。ロイヤルクレストを陥れた件でも追及できず、まんまと逃がすことになるでしょう」

黒木の言葉に、最終的には亜紋も同意した。

「だが必ず樹莉を守れ。それから樹莉の意思で支配人や警察に話をするなら、それを止めるな」
「かしこまりました」

いずれにしても、なんとかして早く金盛達の悪事を暴かねばと、亜紋は思案していた。