「あの、ありがとうございました」
ようやく気持ちが落ち着いて、樹莉はハンドルを握る男性に頭を下げる。
「いや、怪我がなくてよかった。それよりあの男に心当たりは?」
前を見据えたままよく響く低い声で男性にそう訊かれ、樹莉は首を振る。
「いえ、まったく」
「そうか。君、ひょっとして『パレ・ド・フローラ』のスタッフ?」
「え?」
言い当てられて驚いた。
樹莉は都内の一流ホテル『パレ・ド・フローラ』で働いている。
名前の通り花をテーマにした宮殿のようなホテルは華やかで、樹莉は昔からよくこのホテルを利用していた。
就職活動する際に、ふとこのホテルで毎日を過ごせたらどんなにいいだろうと思い、ここで働くことを決めた。
無事に新卒で採用され、3年3ヶ月が経った25歳。
最初の1年は客室係として清掃やベッドメイキングを、その後2年間はフロントスタッフとして働いた。
4年目に入った今年の4月から、バンケットスタッフとしてドリンクや料理を運んだり、ゲストをおもてなしする仕事に奮闘している。
今夜もホテルや旅行関係の企業懇親パーティーがあり、立食形式だった為、樹莉はひっきりなしにドリンクを配って回った。
パーティーは予定より長引き、ようやく終了したのは23時を過ぎた頃。
そこから急いで片付けをして、更衣室に向かった。
「樹莉ちゃん、今夜はオフィス棟の仮眠室に泊まったら? もう電車ないんじゃない?」
先輩の静香にそう声をかけられたが、今ならなんとか終電に間に合いそうだし明日はオフだからと帰ることにした。
そして近道の裏路地を通って駅まで行こうとしたのが、先程のこと。
この男性が来てくれなかったら、今頃どうなっていたのかわからない。
(でも私がスタッフだと知っているということは……)
樹莉はそっと視線を動かして男性の顔をまじまじと見つめる。
対向車のヘッドライトが時折照らす彼の顔は、外国人かと思うほど端正で彫りが深く、周りとは一線を画すような雰囲気だった。
(あれ、この人……)
そして樹莉は思い出した。
先程のパーティーでこの男性を見かけたことを。
背が高く立ち居振る舞いも優雅で、女性の注目を一身に集めていた。
樹莉の担当はバンケットホールの後方だったので、彼のいる前方には行かなかったが、それでも目立っていたから覚えている。
光沢のあるブラックのスーツを着ていたが、今はジャケットを脱いでネクタイも外していた。
ようやく気持ちが落ち着いて、樹莉はハンドルを握る男性に頭を下げる。
「いや、怪我がなくてよかった。それよりあの男に心当たりは?」
前を見据えたままよく響く低い声で男性にそう訊かれ、樹莉は首を振る。
「いえ、まったく」
「そうか。君、ひょっとして『パレ・ド・フローラ』のスタッフ?」
「え?」
言い当てられて驚いた。
樹莉は都内の一流ホテル『パレ・ド・フローラ』で働いている。
名前の通り花をテーマにした宮殿のようなホテルは華やかで、樹莉は昔からよくこのホテルを利用していた。
就職活動する際に、ふとこのホテルで毎日を過ごせたらどんなにいいだろうと思い、ここで働くことを決めた。
無事に新卒で採用され、3年3ヶ月が経った25歳。
最初の1年は客室係として清掃やベッドメイキングを、その後2年間はフロントスタッフとして働いた。
4年目に入った今年の4月から、バンケットスタッフとしてドリンクや料理を運んだり、ゲストをおもてなしする仕事に奮闘している。
今夜もホテルや旅行関係の企業懇親パーティーがあり、立食形式だった為、樹莉はひっきりなしにドリンクを配って回った。
パーティーは予定より長引き、ようやく終了したのは23時を過ぎた頃。
そこから急いで片付けをして、更衣室に向かった。
「樹莉ちゃん、今夜はオフィス棟の仮眠室に泊まったら? もう電車ないんじゃない?」
先輩の静香にそう声をかけられたが、今ならなんとか終電に間に合いそうだし明日はオフだからと帰ることにした。
そして近道の裏路地を通って駅まで行こうとしたのが、先程のこと。
この男性が来てくれなかったら、今頃どうなっていたのかわからない。
(でも私がスタッフだと知っているということは……)
樹莉はそっと視線を動かして男性の顔をまじまじと見つめる。
対向車のヘッドライトが時折照らす彼の顔は、外国人かと思うほど端正で彫りが深く、周りとは一線を画すような雰囲気だった。
(あれ、この人……)
そして樹莉は思い出した。
先程のパーティーでこの男性を見かけたことを。
背が高く立ち居振る舞いも優雅で、女性の注目を一身に集めていた。
樹莉の担当はバンケットホールの後方だったので、彼のいる前方には行かなかったが、それでも目立っていたから覚えている。
光沢のあるブラックのスーツを着ていたが、今はジャケットを脱いでネクタイも外していた。



