りのんは、 何も知らない。
今、自分の胸の中で、 何かが少しずつ変わり始めていることも。
そしてわたしは、 あの連絡が本当は“気を遣わせないため”の嘘だったことを、 知ることはなかった。
りのんが廊下の角で立ち止まり、 自分たちの会話を静かに聞いていたことも。
並んで歩き出す背中を、 ひとりで見送っていたことも。
何も知らないまま、 陽奈は柏木くんの隣を歩いていく。
秋の夕陽が、 長く影を伸ばしていた。
「というかなんで急に?」
「お礼」
それだけ言って、 柏木くんは先に廊下を歩き出す。
陽奈は数秒遅れて、 慌ててその背中を追いかけた。
窓の外では、 秋の夕陽が校舎をオレンジ色に染めている。
並んで歩く距離が、 いつもより近く感じた。
「……どこ行くの?」
「コンビニ」
「え、コンビニ?」
「鈴野、甘いの好きなんだろ」
その言葉だけで、 また胸の奥が落ち着かなくなる。
——なんで覚えてるの。
たったさっき聞いただけなのに。
そんなことを思ってしまう自分が、 少しだけ悔しかった。

