「……やば」
小さく呟いたのは柏木くんだった。
わたしは顔を上げる。
「え?」
「もうこんな時間」
窓の外には、夜になりかけた街の色が広がっていた。
「水瀬、いつもこの時間?」
「集中すると結構……」
そう答えると、柏木くんは少しだけ眉をひそめる。
「危なくない?」
「え」
「もっと早く帰った方がいいだろ」
予想外の言葉に、わたしは少しだけ目を瞬く。
柏木くんは参考書を閉じながら、当たり前みたいに続けた。
「今日は送る」
——心臓が、小さく跳ねた。
「い、いや……」
少し慌てたように首を振る。
「近いから大丈夫だよ?」
そう言うと、柏木くんはじっとこちらを見る。
「近いってどのくらい」
「えっと、歩いて十五分くらい……」
「普通にあるじゃん」
「でも大通りだし」
「夏でも夜は夜だろ」
あまりにも自然に返されて、言葉に詰まる。
図書館の白い光が、静かに机へ落ちていた。
「……柏木くんこそ、遠いの?」
話を変えるみたいに聞くと、少し肩をすくめる。
「俺は平気」
「なんで?」
「男だし」
あっさり言われて、わたしは少しだけ眉を下げた。
「……男の子だからって、危ないのは同じでしょ?」
その言葉に、湊が一瞬だけ黙る。
図書館の静かな空気が、ふたりの間に落ちた。

