そして湊は、 少しだけ間を空けてから言った。
「あと」
「……?」
「俺も、 りのんって呼びたい」
その瞬間。
心臓が、 また大きく跳ねた。
名前。
下の名前。
今まで一度も呼ばれたことない。
わたしはぱちぱち瞬きをする。
「え」
「だめ?」
「だ、だめ、じゃない……」
声が小さくなる。
湊は少しだけ笑って、 それから。
「……りのん」
静かに呼んだ。
夜風みたいな低い声。
そのたった一言だけで、 胸がぎゅっと苦しくなる。
耐えきれなくなって、 顔を両手で隠した。
「むり……」
「何が」
「破壊力すごい……」
湊が吹き出す。
「それ俺の台詞」
指の隙間から、 そっと湊を見る。
春の夜。 桜。 隣で笑う好きな人。
世界が少しだけ、 やさしく見えた。

