「……ていうか」
柏木くんがふと花壇を見下ろす。
「これ、去年もやってた?」
「え?」
「なんか見たことある気がする」
思わず瞬きをする。
去年。
放課後、誰もいない時間。
今みたいに、ひとりで水をあげていたことは何回かあった。
「……覚えてるの?」
小さく聞くと、湊は少しだけ肩をすくめる。
「たまたま見ただけ」
そう言うわりに、その声は妙にやわらかかった。
「柏木くんこそ、よくこの公園通るの?」
「まあまあ」
「じゃあ、去年も会ってたかもね」
何気なく言った瞬間。
柏木くんが一瞬だけ黙る。
風が吹いて、木が揺れた。
「……会ってたっていうか...」
「え?」
「ここで」
視線を逸らしたまま続ける。
「水瀬、多分覚えてないけど」
「……ごめん、私ほんとに覚えてないかも」
正直にそう言うと、湊は「だろうな」と小さく笑った。
その反応が、少しだけ引っかかる。
嘘をついている感じじゃなかった。
むしろ、“覚えてなくて当然”みたいな言い方だった。
だから余計に、不思議だった。
でも、柏木くんの言葉が嘘じゃないことだけは、なぜか分かる気がした。
夕方の風が、静かに通り過ぎていく。
「……まあ、別にいいよ」
柏木くんがそう言って、花壇から視線を外した。
「大したことじゃないし」
しばらくして、湊はゆっくり立ち上がる。
「じゃ、俺もう行くわ」
「……うん」
夕陽が背中を照らして、影が長く伸びる。
数歩進んだあと、ふと思い出したみたいに振り返った。
「またな」
そのあと、少しだけ間を空けて。
「鈴野によろしく」
軽く手を上げながら、そのまま公園を出ていく。
私はしばらく、その背中を見つめていた。
春の風が吹き、桜の花びらが舞う。
花壇のチューリップと一緒に小さく揺れていた。

