春は眩しくて、届かない



花びらについた水滴が、オレンジ色の光を反射していた。


そのとき。


がさっ。



近くの木陰から音がして、私はびくっと肩を揺らす。



「……っ!どうしたの?大丈夫?」



慌てて振り返ると、木の後ろから人影が現れた。



「わ、悪い」



少し気まずそうに出てきたのは、柏木湊だった。



「驚かせるつもりじゃなかった」



思わず言葉を失う。



「柏木...くん?」



なんでここに、柏木くんが。



「ただ、通りかかっただけ」



柏木くんはそう言って、公園の花壇へ視線を向ける。



「……通りかかったら、水瀬が水やりしてたから気になって」



「え」



思わず間の抜けた声が出る。


柏木くんは相変わらず気だるそうな顔のまま、花壇のチューリップを見下ろしていた。



「水瀬は....誰かに頼まれたわけでもないんだろ?」



「……まあ、うん」



「やっぱり」



ふっと小さく笑った気がした。


その表情があまりにも自然で、私は少しだけ言葉に詰まる。


夕方の光が、公園の木々を揺らしていた。


学校で見る柏木くんとは、少しだけ違って見えた。



「柏木くんは……帰り?」



「ん」



短く返事をして、柏木くんは近くのベンチへ視線を向ける。



「この公園、近道なんだよな」



「そうなんだ」



会話が続いたことに、自分でも少し驚く。


学校では、遠くから見かけるだけだった。


“有名な人”。


ただ、それだけ。


なのに今は、夕方の公園で普通に話している。


不思議な感じだった。



「……毎日やってんの?」



花壇を見たまま聞く。



「毎日じゃないけど……たまに」



「へえ」



風が吹いて、桜の花びらが一枚落ちる。


その沈黙は気まずいはずなのに、なぜか嫌じゃなかった。



「水瀬ってさ」



不意に名前を呼ばれて、心臓が小さく跳ねる。



「なんか、そういうの似合うな」



「……そういうの?」



「花に水やるの」



あまりにも真面目な声で言うから、私は思わず笑ってしまった。



「なにそれ」



「いや、なんとなく」



柏木くんも少しだけ笑う。


その瞬間。
学校で見ていた“柏木湊”が、ほんの少しだけ遠くなくなった気がした。