蒸し暑くなってきた初夏のとある金曜日の夜。
少しだけ残業したあたしは、いつものようにビーナスベルトの扉を開けた。
「いらっしゃい、志穂ちゃん」
「マスター、こんばんは」
マスターの声に手を振る。
そしていつもの席には——
当然みたいに綾人がいる。
「お疲れ」
「お疲れ」
もう最近は、このやり取りも当たり前になっていた。
同じ家に帰るのに、なぜかここで待ち合わせするのも不思議じゃなくて。
ネクタイをゆるめた綾人が、小さく息を吐いた。
「忙しかったの?」
「まぁな」
「ワタセホテルの周年パーティーがあるからでしょ?綾くんいないと回らないもんね」
同居するようになって、少しずつ綾人のことがわかってきた。
ワタセホテルの経営企画部。
しかも、部長代理とあって、最近は帰りも遅く、朝起きるともういない。
周年パーティーなら、その忙しさも納得だ。
ただ、綾人は今も涼しい顔でマスターと話している。
(ぬくもりがまだ残ってるから、寝てたのはわかるけど……)
一緒に暮らしてるのに、無茶してないか心配になる。
……いや、違う。
ただ、最近あまり顔を合わせてないだけだ。
(……なんで、こんなに気にしてるのよ)
「おい、聞いてんのか?」
「えっ……あ、ごめん。なに?」
返事するより早く、軽く額を小突かれた。
綾人は軽く笑いながら、グラスを揺らす。
「明日空けとけ」
「は?」
「出掛ける」
「どこに?」
「黙秘」
「子供かっ」
「志穂ちゃん、明日頑張ってね」
「え?……ありがとうございます……?」
マスターの朗らかな笑みに見送られたものの、疑問は消えない。
綾人も否定するどころか、面白そうにグラスを傾けている。
「ねぇ、頑張ってって何だと思う?」
「帰るぞ」
綾人は答えにならない答えのまま、先を歩いていく。
頑張って――
この言葉の意味を明日知るなんて、このときのあたしには想像もつかなかった。
少しだけ残業したあたしは、いつものようにビーナスベルトの扉を開けた。
「いらっしゃい、志穂ちゃん」
「マスター、こんばんは」
マスターの声に手を振る。
そしていつもの席には——
当然みたいに綾人がいる。
「お疲れ」
「お疲れ」
もう最近は、このやり取りも当たり前になっていた。
同じ家に帰るのに、なぜかここで待ち合わせするのも不思議じゃなくて。
ネクタイをゆるめた綾人が、小さく息を吐いた。
「忙しかったの?」
「まぁな」
「ワタセホテルの周年パーティーがあるからでしょ?綾くんいないと回らないもんね」
同居するようになって、少しずつ綾人のことがわかってきた。
ワタセホテルの経営企画部。
しかも、部長代理とあって、最近は帰りも遅く、朝起きるともういない。
周年パーティーなら、その忙しさも納得だ。
ただ、綾人は今も涼しい顔でマスターと話している。
(ぬくもりがまだ残ってるから、寝てたのはわかるけど……)
一緒に暮らしてるのに、無茶してないか心配になる。
……いや、違う。
ただ、最近あまり顔を合わせてないだけだ。
(……なんで、こんなに気にしてるのよ)
「おい、聞いてんのか?」
「えっ……あ、ごめん。なに?」
返事するより早く、軽く額を小突かれた。
綾人は軽く笑いながら、グラスを揺らす。
「明日空けとけ」
「は?」
「出掛ける」
「どこに?」
「黙秘」
「子供かっ」
「志穂ちゃん、明日頑張ってね」
「え?……ありがとうございます……?」
マスターの朗らかな笑みに見送られたものの、疑問は消えない。
綾人も否定するどころか、面白そうにグラスを傾けている。
「ねぇ、頑張ってって何だと思う?」
「帰るぞ」
綾人は答えにならない答えのまま、先を歩いていく。
頑張って――
この言葉の意味を明日知るなんて、このときのあたしには想像もつかなかった。



