9月、新学期。
夏休みの間にすっかり受験モードになった学校は、どこかピリピリとした空気に包まれていた。
放課後、私はA組の教室で進路指導の先生と面談をしていた。
「永川、第一志望は東京の大学で間違いないな? 地元を離れることになるが、親御さんとは話したか?」
「はい。……1人暮らしをして、自立したいんです」
本当は、空くんから逃げ出したいだけ。
同じ街にいたら、いつまでもこの苦しい片思いを引きずってしまうから。
面談を終えて廊下に出ると、隣のB組のドアからも、ちょうど面談を終えた空くんが出てくるところだった。
手元には、私と同じ進路希望調査票が握られている。
ふと、空くんの手元にある紙がチラリと見えた。
そこには――京都にある、関西の名門大学の名前が書かれていた。
東京と、京都……。
新幹線を使っても何時間もかかる距離。
あんなに毎日、同じマンションの隣の部屋で「お前はいつも遅いな!」なんて言い合っていた関係なのに。
卒業したら、私たちは本当に日本地図の端と端に引き裂かれてしまうんだ。
空くんは私の視線に気づくと、ハッと進路の紙を後ろに隠し、冷たい顔で私を追い抜いて行ってしまった。
【side空】
「……ふざけんなよ」
部活の引退を終え、ただ勉強するだけの毎日。
偶然廊下で見かけた真奈の進路希望の紙には、ハッキリと『東京』の文字が見えた。
あいつ、東京に行くのかよ……。春馬も東京の大学を目指すって言ってた。やっぱり、あいつらは2人で地元を出て、向こうで一緒に暮らすつもりなんだ。
俺が目指しているのは、昔から憧れていた京都の大学だ。
もし真奈が地元の大学に行くなら、俺はすべてを捨ててでも地元の大学に変えようかと、本気で悩んでいた。
だけど、あいつの未来には、最初から俺のいるスペースなんて1ミリも残されていなかったんだ。
「西園寺、次、模試の解説やるぞー」
塾の講師の声が遠く聞こえる。
もう、引き止める理由なんてどこにもない。
俺はただ、あいつのいない京都の街へ行くために、シャーペンを強く握りしめることしかできなかった。
10月。高校生活最後の文化祭。
各クラスで出し物をする中、A組の私はお化け屋敷の受付をしていた。
「真奈、お疲れ!」
瑠香ちゃんが他校の友達を連れて遊びに来てくれた。
あの日以来、4人のグループLINEは動いていないけれど、瑠香ちゃんは変わらず私に優しく接してくれる。
それが少し、申し訳なかった。
しばらくすると、廊下の向こうからB組の出し物のTシャツを着た、空くんと春馬くんが歩いてくるのが見えた。
2人が楽しそうに話している姿を見るだけで、胸の奥がキュンと痛む。
春馬くんが私に気づいて、片手を挙げた。
「よっ、ながまな! お化け屋敷、繁盛してんじゃん」
「あ、春馬くん。ありがとう」
私が無理に笑顔を作ると、春馬くんの隣にいた空くんは、ゴミを見るような冷たい目で私を一瞬だけ一瞥し、何も言わずに通り過ぎていった。
もう、私の声すら聞きたくないんだね……。
文化祭の華やかな喧騒の中で、私と空くんの間の空気だけが、冷たく凍りついていた。
季節は巡り、カレンダーは最後の1枚、12月になった。
街がクリスマスイルミネーションできらめく中、私たち受験生にそんなイベントを楽しむ余裕はなかった。
学校でも塾でも、みんなが必死に参考書にしがみついている。
私と空くんは、同じマンションの隣の部屋なのに、もう何ヶ月も一言も口をきいていない。
ベランダに出ることもなくなり、隣の304号室から聞こえる物音だけが、空くんが生きていることを証明していた。
センター試験(現・共通テスト)まで、あと1ヶ月。
卒業式まで、あと3ヶ月。
このまま、一言も話せないまま、私たちは他人のようになって離れ離れになっちゃうのかな……。
夏休みの間にすっかり受験モードになった学校は、どこかピリピリとした空気に包まれていた。
放課後、私はA組の教室で進路指導の先生と面談をしていた。
「永川、第一志望は東京の大学で間違いないな? 地元を離れることになるが、親御さんとは話したか?」
「はい。……1人暮らしをして、自立したいんです」
本当は、空くんから逃げ出したいだけ。
同じ街にいたら、いつまでもこの苦しい片思いを引きずってしまうから。
面談を終えて廊下に出ると、隣のB組のドアからも、ちょうど面談を終えた空くんが出てくるところだった。
手元には、私と同じ進路希望調査票が握られている。
ふと、空くんの手元にある紙がチラリと見えた。
そこには――京都にある、関西の名門大学の名前が書かれていた。
東京と、京都……。
新幹線を使っても何時間もかかる距離。
あんなに毎日、同じマンションの隣の部屋で「お前はいつも遅いな!」なんて言い合っていた関係なのに。
卒業したら、私たちは本当に日本地図の端と端に引き裂かれてしまうんだ。
空くんは私の視線に気づくと、ハッと進路の紙を後ろに隠し、冷たい顔で私を追い抜いて行ってしまった。
【side空】
「……ふざけんなよ」
部活の引退を終え、ただ勉強するだけの毎日。
偶然廊下で見かけた真奈の進路希望の紙には、ハッキリと『東京』の文字が見えた。
あいつ、東京に行くのかよ……。春馬も東京の大学を目指すって言ってた。やっぱり、あいつらは2人で地元を出て、向こうで一緒に暮らすつもりなんだ。
俺が目指しているのは、昔から憧れていた京都の大学だ。
もし真奈が地元の大学に行くなら、俺はすべてを捨ててでも地元の大学に変えようかと、本気で悩んでいた。
だけど、あいつの未来には、最初から俺のいるスペースなんて1ミリも残されていなかったんだ。
「西園寺、次、模試の解説やるぞー」
塾の講師の声が遠く聞こえる。
もう、引き止める理由なんてどこにもない。
俺はただ、あいつのいない京都の街へ行くために、シャーペンを強く握りしめることしかできなかった。
10月。高校生活最後の文化祭。
各クラスで出し物をする中、A組の私はお化け屋敷の受付をしていた。
「真奈、お疲れ!」
瑠香ちゃんが他校の友達を連れて遊びに来てくれた。
あの日以来、4人のグループLINEは動いていないけれど、瑠香ちゃんは変わらず私に優しく接してくれる。
それが少し、申し訳なかった。
しばらくすると、廊下の向こうからB組の出し物のTシャツを着た、空くんと春馬くんが歩いてくるのが見えた。
2人が楽しそうに話している姿を見るだけで、胸の奥がキュンと痛む。
春馬くんが私に気づいて、片手を挙げた。
「よっ、ながまな! お化け屋敷、繁盛してんじゃん」
「あ、春馬くん。ありがとう」
私が無理に笑顔を作ると、春馬くんの隣にいた空くんは、ゴミを見るような冷たい目で私を一瞬だけ一瞥し、何も言わずに通り過ぎていった。
もう、私の声すら聞きたくないんだね……。
文化祭の華やかな喧騒の中で、私と空くんの間の空気だけが、冷たく凍りついていた。
季節は巡り、カレンダーは最後の1枚、12月になった。
街がクリスマスイルミネーションできらめく中、私たち受験生にそんなイベントを楽しむ余裕はなかった。
学校でも塾でも、みんなが必死に参考書にしがみついている。
私と空くんは、同じマンションの隣の部屋なのに、もう何ヶ月も一言も口をきいていない。
ベランダに出ることもなくなり、隣の304号室から聞こえる物音だけが、空くんが生きていることを証明していた。
センター試験(現・共通テスト)まで、あと1ヶ月。
卒業式まで、あと3ヶ月。
このまま、一言も話せないまま、私たちは他人のようになって離れ離れになっちゃうのかな……。



