壱くん、お願いだから近づかないで。





 翌朝、目が覚めた瞬間から昨日のことを思い出した。


『かわいいね』


 布団の中で天井を見上げながら、また顔が熱くなるのを感じた。朝になっても、寝て起きても、まだ消えていない。普通じゃない。絶対に普通じゃない。こんなに引きずるなんて、おかしい。

 起き上がってカーテンを開けると、今日も空は曇っていた。梅雨が明ける気配はまだなくて、じっとりとした空気が窓の向こうに広がっている。


「佑茉、朝ごはんできてるよ〜」


 お母さんの声が下から聞こえてきて、私は「はーい」と返事をした。鏡の前で顔を確認すると、特に変わったところはない。
 普通の顔だ。昨日あんなに熱かったのに、今は何事もなかったみたいに見える。

 よし。今日は普通にしよう。

 普通に登校して、普通に授業を受けて、普通に図書委員をして、普通に帰る。それだけだ。昨日のことは、ただの驚きだった。それ以上でも、それ以下でもない。

 自分にそう言い聞かせながら、私は制服に着替えて階段を下りた。

 学校に着いて教室に入ると、ゆっこがいつものように飛んできた。


「おはよ〜佑茉! ねえ聞いて、昨日推しの新曲が出てさ!」

「おはよう。そうなの? 何の曲?」

「ドラマの挿入歌なんだけど……これ、聴いてみて! めちゃくちゃいいから」



 ゆっこがイヤホンを片方差し出してくる。席に座りながらそれを受け取って耳に当てると、軽快なメロディーが流れ込んできた。確かにいい曲だ。朝から気持ちが明るくなる感じがして、少しだけ昨日のもやもやが薄れた。