壱くん、お願いだから近づかないで。




 絞り出すように言うと、雉真くんは「どういたしまして」と笑った。その笑い方が屈託なくて、腹が立つような、でも笑えてくるような、不思議な気持ちになった。

 アーケードを抜けると、また雨の音が大きくなった。駅の入り口が見えてきて、私たちは屋根の下に入った。ホームの方からアナウンスが聞こえてくる。雨が激しくなってきたのか、駅の軒下にも人が集まっていた。


「じゃあ、また明日」


 雉真くんが改札に向かいながら振り返って言った。


「うん。また明日」


 改札に向かう雉真くんの背中を見送って、私はしばらくその場に立っていた。周りの人が行き交う中で、私だけが止まっているみたいだった。顔がまだ、少し熱い。

 かわいいね、なんて言葉、男の子から面と向かって言われたのなんて——いつぶりだろう。
 いや、そもそもちゃんと言われたことがあったのかも、よく覚えていない。少なくとも、男の子が苦手になってからは初めてだ。

 私は傘を閉じて、改札にICカードをかざした。

 ホームに上がると、ちょうど電車が滑り込んできた。乗り込んで、窓際の席に座る。窓の外を雨粒が流れていく。車内は少し蒸していて、冷房の風が首筋に当たって心地よかった。

 かわいいね、か。

 心の中で繰り返してみて——またじわっと顔が熱くなった。

 絶対に、ドキドキなんてしていない。
 ただ、驚いただけだ。急に言うから、心の準備ができていなかっただけ。

 男の子に褒められることに慣れていないから、ただ戸惑っただけ。それだけのことだ。

 そう自分に言い聞かせながら、私は窓の外の雨をじっと見つめた。