壱くん、お願いだから近づかないで。





「じゃあここで」と言う言葉が出てくる前に、雉真くんが口を開いた。


「佑茉ちゃん、どっち方向?」

「東口の方」

「あ、一緒だ。少し行くね」


 断る理由もなくて、私は黙って頷いた。

 駅に向かう道を二人で並んで歩く。信号を一つ渡って、商店街の細い屋根のある道に入るとさすがに雨音が小さくなった。アーケードの屋根を雨粒が叩く音が、規則正しく降り続いている。
 夕方の商店街は買い物客がちらほらいて、八百屋の前で傘を畳んでいるおばさんや、急ぎ足で歩くサラリーマンとすれ違った。

 雉真くんと並んで歩いていると、なんとなく間が持たなくて、私はうつむき加減で歩いていた。何か話そうかと思っても、うまい話題が浮かんでこない。図書室では自然に話せるのに、こうして二人きりで外を歩いているとなんだか勝手が違う気がした。


「佑茉ちゃんって、髪長いよね」


 突然そう言われて、私は思わず自分の髪を触った。肩より少し下くらいまで伸びている。
 今日は朝から降りそうな雲行きだったから、湿気で広がらないようにゆるくまとめて登校したんだけど、帰り道でずいぶんほつれてしまっていた。きっと今は少し乱れているはずで、恥ずかしくなって思わず手で押さえた。


「……普通じゃないかな」

「かわいいと思って」


 さらっと言われた。

 あまりにも自然に、当たり前みたいに言われたから、一瞬意味が理解できなかった。


「……っ……」

 だけど意識してしまって顔が熱くなるのがわかった。雨が降っているのに、耳の先まで熱い。

 どう返せばいいのかわからなくて、俯いて傘を深く傾ける。アーケードの中だから傘は必要ないのに、顔を隠したくて傾けてしまった。


「あ、ごめん。変なこと言った?」


 雉真くんが少し焦ったように言う。声が若干上ずっていた。


「へ、変じゃないけど……急に言うから」

「そうだね、ごめん。でも、本当にそう思ったから言っちゃった」


 また、さらっと言う。この人はどうしていつもこんなにまっすぐに言葉を投げてくるんだろう。
 受け取る方は、ちゃんと準備ができていないのに。しかも謝りながらも全然撤回しないところが、なんというか——ずるい。


「……ありがとう、ございます」