壱くん、お願いだから近づかないで。




 しばらく静かな時間が続いた。

 ページをめくる音と、雉真くんのシャーペンが走る音だけが聞こえている。
 窓の外では雨が本降りになってきたのか、さあっという音が大きくなってきた。雨粒が窓ガラスを叩いて、細い線になって流れていく。図書室の中はそれとは切り離されたみたいに静かで、薄暗くて、落ち着いた空気が満ちていた。


「佑茉ちゃん」


 また呼ばれて、顔を上げた。雉真くんがノートをこちらに差し出してくる。


「さっきの本、紹介文書いてみたんだけど……読んでもらえる?」


 私は受け取って、走り書きされた文章を読んだ。短くて、余分なことが書かれていなくて、でも読んだ人が手に取りたくなるような言葉が選ばれていた。本の空気感をちゃんと掴んでいる文章で、これは本を読んでいないと書けない。


「……読んだことあるんじゃないの、これ」

「実は、昨日読んだ」

「一晩で?」

「一気読みしちゃった。面白くて眠れなくなったくらい」


 私が前に話していた本を、こっそり読んでいたらしい。しかも一晩で読み終えて、紹介文まで書いてきた。なんだか悔しいような、くすぐったいような、不思議な気持ちになった。


「……上手だよ、これ。そのまま書いていいと思う」

「本当? 良かった。佑茉ちゃんに上手って言ってもらえると安心する」


 雉真くんはほっとした顔でノートを受け取って、今度は丁寧にボードに書き写し始めた。

 集中している横顔が、なんとなく真剣だ。シャーペンを持つ手が丁寧に動いていて、文字を書くのが好きなのかもしれないと思った。

 私はそれを見ないようにして、また本に目を落とした。