壱くん、お願いだから近づかないで。




「佑茉ちゃん、ちょっといい?」


 不意に呼ばれて、顔を上げた。雉真くんがノートを持ってこちらを見ていた。


「どうしたの?」

「おすすめの本ボード、今月のやつ更新しようと思って。何がいいかなって」


 図書委員の仕事の一つに、おすすめ本の紹介ボードを作るというのがある。月替わりで更新していて、先月は私が選んだ。
 今月は雉真くんの担当だ。ボードは図書室の入り口近くに置いてあって、意外と立ち止まって読んでいく生徒が多い。


「何か読みたいジャンルとかある?」

「夏っぽいやつにしようかなとは思ってるんだけど、うまく絞れなくて」

「夏かあ……ミステリーとか? 夏の夜に読む怖い話みたいな感じで」

「あ、それいいかも。何かある?」

「ちょっと待って」


 私は席を立って、文芸小説の棚に向かった。背表紙を指でなぞりながら、夏に合いそうな一冊を探す。

 この棚は自分でよく整理しているから、どこに何があるかだいたい把握していた。少し奥の方に、去年の夏に読んで印象に残っている本があるのを覚えていた。


「これ、どうかな」


 引き抜いて差し出すと、雉真くんが受け取って表紙をじっと見る。


「読んだことある?」

「うん、去年の夏。夏の終わりが舞台で、ちょっと怖くてちょっと切ない話。読後感が独特で、しばらく頭から離れなかったんだよね。忘れられない感じになる本だよ」

「へえ……どんな話?」

「田舎の旧家に帰省した主人公が、幼い頃の記憶と向き合っていく話なんだけど……あんまり言うとネタバレになっちゃうから」

「じゃあ自分で読む」

「紹介文、書きやすいと思うよ。印象的な場面が多いから、伝えたいことが自然と決まってくると思う」


 雉真くんは表紙をもう一度見てから「これにする」と言って、ボードに書く内容をノートにメモし始めた。
 私は自分の席に戻って、また文庫本を開く。