壱くん、お願いだから近づかないで。



 

 放課後、図書室へ向かう廊下。

 私の隣を雉真くんが歩いている。最近はこれが当たり前になってしまって、自分でも少し驚く。六月の始めに図書委員のペアになった頃は、一緒に廊下を歩くだけで心臓がどきどきして、どこに視線を置けばいいかわからなかった。
 それが今では普通に隣を歩けている。慣れというのは恐ろしいものだと思う。

 廊下の窓から見える空は相変わらず灰色で、校庭の木が雨に濡れてしっとりと光っていた。水たまりが校庭の端にいくつもできていて、ソフトボール部の子たちが悔しそうに体育館の方へ歩いていくのが見えた。


「もうすぐ夏休みだね」

「そうだね、あと二週間くらい?」

「早いね。編入してからあっという間だった気がする」


 雉真くんがそう言って、少し遠くを見るような目をした。廊下の先を見ているようで、どこか違う場所を見ているような、そんな顔だった。
 編入してきてから、もうそれくらい経つのか。私にとってはずいぶん長く感じた二ヶ月だったけれど、彼にとってはどうだったんだろう。


「壱くんは、夏休みどうするの?」

「実家に帰ろうかなって。向こうの友達にも久しぶりに会いたいし」

「そうなんだ。どこ出身なの?」

「静岡。海があって、夏は特に好きなんだよね。毎年海に入って、花火して、友達と夜までだらだらして……それが楽しみで夏を乗り越えてた気がする」


 静岡。なんとなく、雉真くんに合っている気がした。明るくて、おおらかで、海のある場所。夏の海が似合いそうだと思った。


「佑茉ちゃんは?」

「私は……花火大会に行くくらいかな。あとは図書室で本読んで、のんびりする感じ」

「図書室、夏休みも開いてるの?」

「週に何回か開放日があるよ。委員が当番でいないといけないから、私も何回か来るけど」

「じゃあまた一緒だね」


 さらっとそう言って、雉真くんは図書室の扉を開けた。当たり前みたいな顔をして、当たり前みたいな言葉を言う。私はなんとなく返事ができなくて、黙って中に入った。

 図書室はいつもの紙と木の香りがして、少し肩の力が抜けた。雨の日は特に、ここの静けさがありがたく感じる。

 図書室はいつもより少し人が多かった。

 期末テストが終わったばかりなのに、もう次の準備をしているのか参考書を広げている子がちらほらいる。
 窓際の席では低学年の子たちが絵本を広げていて、司書の先生が優しく声をかけていた。いつもより穏やかな雰囲気の中、私はカウンターに座って返却された本の処理をしながら、合間に持ってきた文庫本を開いた。

 本を読んでいると、時間の流れ方が変わる気がする。ページの中に入り込んでいると、外の雨音も気にならなくなって、ただ物語だけが頭の中に広がっていく。これが図書室が好きな理由の一つだ。