壱くん、お願いだから近づかないで。




「……美味しい」

「良かった」


 雉真くんも一枚食べて、ふふっと笑った。その顔を見て、なんとなく私も口元がゆるんだ。自分が最初に混ぜた生地から、こんなに美味しいクッキーができたのが、少しだけ誇らしかった。

 窓の外では相変わらず梅雨の空が広がっているけれど、実習室の中はあたたかくて甘い匂いがして、なんだか不思議と悪くない午後だった。


 調理実習が終わると、もう放課後だった。

 帰宅部だけど図書委員がある日なので、私と雉真くんは荷物をまとめて一緒に図書室へ向かう。
 実習室から図書室は少し離れていて、廊下を渡って棟を移動しなければならない。下校する生徒たちとすれ違いながら歩いていると、廊下の窓から見える外の空がいつの間にか少し明るくなっていた。

 雨は降っていないようで、濡れた校庭の地面だけがじっとり光っている。


「そういえば……壱くんは、部活は何か入ってるの?」


 並んで歩きながら、なんとなく聞いてみた。最近は図書委員で一緒にいることが増えて、少しずつ話せることも増えてきた。でも、彼のことをまだよく知らないなと思うことが多い。