壱くん、お願いだから近づかないで。




「もうそろそろマフィンが焼ける頃だし、オーブンも見てくるね」

「うん」


 また一人になって、私は丸椅子に腰かけて待つことにした。実習室の中はあちこちからいい匂いが漂っていて、バターと砂糖と熱が混ざった甘い香りが鼻をくすぐる。
 窓には梅雨の湿気がうっすらと白く曇っていて、外の灰色の空が滲んで見えた。

 しばらくすると、雉真くんがオーブンミトンをはめた両手でマフィンの型を持ってやってきた。きつね色に焼き上がったマフィンから湯気がふわっと立ち上っていて、甘い香りが一段と強くなる。


「佑茉ちゃん、マフィンできたよ〜」

「すごい、雉真くん……!」

「ありがとう。じゃあお皿に乗せるね」


 棚から白い丸皿を取り出して、雉真くんはマフィンを一つずつ丁寧に並べていく。形も崩れていなくて、色も均一で、まるでお店のケーキ屋さんのショーケースみたいだ。私はお皿を持つくらいしかできなくて、自分の不甲斐なさをひしひしと感じる。

 わちゃわちゃと片付けをしながら待っていると、今度はクッキーを焼いた天板を持ってきてくれた。天板の上には、薄いきつね色に焼き上がったクッキーが整列している。丸くて、均一で、どれも同じくらいの大きさで——本当にきれいだ。



「クッキーになってる! すごいっ」

「あははっ……クッキー作ったんだから当たり前でしょ?」

「そうだよね、でも……私、こんなに綺麗なクッキー作ったことなくて」


 思わず正直に言ってしまう。


「前に作った時はパサパサになっちゃって、その前は焼き時間を間違えて真っ黒焦げになっちゃったし。だから、こんなふうにちゃんとできてるの、正直信じられないくらいで」


 雉真くんは今まで私がどれだけ失敗してきたか知らないから仕方ないけれど——本当に今まで散々だったんだ。一度なんて、煙が出るほど焦がしてお母さんに笑われたこともある。