壱くん、お願いだから近づかないで。




 ボウルの中の生地はぽろぽろと崩れたまま、一向にひとつにまとまらない。粉がぱらぱらとボウルの縁から落ちて、手のひらに粉がついて、どうにもならない。隣の班はとっくに生地を棒状に整えてラップに包んでいるというのに、私の手の中では生地がばらけるばかりだ。混ぜすぎたのか、混ぜ方が足りなかったのか、そもそもバターの温度が悪かったのか——どこで失敗したのかすら見当もつかない。

 途方に暮れてボウルを持ったまま固まっていると、隣から声がかかった。


「佑茉ちゃんって、料理苦手?」

「に、苦手です」


 振り返ると雉真くんが、笑いをこらえているような顔でこちらを見ていた。目が少し細くなっていて、口元がひくひくしている。


「俺に貸して」


 そう言って彼はボウルをひょいと受け取ると、ゴムベラに持ち替えてさっくりと、でもリズムよく混ぜ始めた。さくっ、さくっと小気味いい音が続いて——あっという間に生地がひとつにまとまった。さっきまでのぽろぽろが嘘みたいだ。


「すごい……」


 思わず声に出てしまった。


「すごくはないよ。佑茉ちゃんが最初に混ぜてくれたからすぐにまとまったんだよ」

「そう、なの?」

「そうだよ」


 そう言って、雉真くんは楽しそうに生地を台の上に出して棒状に整えていく。
 手つきに迷いがなくて、見ているだけで手際のよさが伝わってくる。ころんとした形にまとまった生地をラップにくるくると包むと、「冷蔵庫に入れてくるね」と言って実習室の奥へ向かった。