壱くん、お願いだから近づかないで。





 この子は奥村(おくむら)結衣子(ゆいこ)っていって、みんなからゆっこって呼ばれている。私も呼んでいる一人だ。くりくりした目が印象的な、とびきり明るい子で、入学してすぐに仲良くなった。


「ゆっことゆま、相変わらずらぶらぶだねぇ」


 ゆまと呼ばれてるのは私、松岡(まつおか)佑茉(ゆま)

 ここは、桜ヶ平(さくらがひら)女子学院高等学校の中等部一年の教室だ。由緒正しい中高一貫校の女子校で、制服は白のブラウスに紺色のジャンパースカート。赤いリボンをつけて赤いベレー帽をかぶっている。この制服が可愛くてこの学校を選ぶ子が多いと聞いた。

 それに色にはしっかりと意味があって、赤は『愛』、白は『潔白』、紺は『謙遜』を表しているんだと入学して最初のホームルームで担任の先生が教えてくれた。その話が妙に印象に残っている。制服を着るたびに、なんとなく背筋が伸びる気がするのだ。


「まだひと月しか経ってないのに……できてんの?」

「確かにゆまのこと大好きだけど、私は男の子好きだよっ」

「ゆっこのことは好きでも、だって私、この漫画の九条くんが好きなんだもん!」


 私が今どっぷりハマっている少女漫画の主人公、九条くん。長い睫毛に整った顔立ち、クールなのに実は優しい……まさに理想の男の子だ。現実にはいなさそうだけど、だからこそ好きなのかもしれない。


「ゆまは男の子嫌いなのに少女漫画はいいんだね」

「リアルはこんな男の子いないもん。漫画とか小説は、優しくて素敵な王子様みたいな男の子いっぱいいるし。現実とは別物だよ」

「あははっ安定してるねー」


 私が女子校を選んだのには、もう一つ理由がある。

 同年代の男の子が、苦手なのだ。

 小学校の時に男の子たちから嫌がらせを受けてから、ずっとそうだ。大したことじゃなかったのかもしれない。でも当時の私には、学校という場所そのものが怖くなるくらいの出来事だった。今でも思い出すと、胸の奥がぎゅっと固くなる。

 だから女子校を選んだ。それだけじゃなく、制服も可愛いし、なによりここは落ち着ける場所だと思ったから。入学してひと月、その選択は正解だったと確信している。


「放課後、駅前のカフェ行かない? 新メニューできたんだって!」

「え、いいね! 行こ行こ!」

「決まり〜!」


 キャッキャとはしゃぎながら話していると、チャイムが鳴り授業が始まった。先生が教室に入ってきて、私はノートを開く。今日も平和で、幸せな一日が始まる。